はじめに
統計検定1級は,日本統計学会が実施する試験の中でも最高レベルに位置する資格です。大学専門課程の3・4年次で習得すべきことを問うとしており,試験を合格することにより大学での専門分野修了程度の知識を有することを示せます。近年は統計学への需要も高まってきているため統計検定に注目が集まっていますが,特に統計検定1級に関する実のある情報はまだ少ないように思えます。そこで,本記事では統計検定1級の概要と管理人の経験に基づいた対策方法をお伝えします。
当サイトの数理統計学に関する記事一覧は下記をご覧ください。
統計検定1級について
形式
科目 | 分野 | 問題数 | 時間 | 形式 | 受験料 |
---|---|---|---|---|---|
統計数理 | - | 3/5問 | 90分 | 記述式 | 6,000円 |
統計応用 | 人文科学/社会科学/理工学/医薬生物学より選択 | 3/5問 | 90分 | 記述式 | 6,000円 |
統計数理と統計応用の同時受験は税込10,000円です。また,合格点は公表されていません。
統計検定1級は「統計数理」「統計応用」という二科目から構成され,統計検定1級の合格には両科目の合格が必要です。ただし,両方とも同じ年に合格する必要はなく,片方の科目に合格してから9年間は経過措置として合格ステータスを保持し続けることができます。例えば,2024年度の試験で統計数理に合格,統計応用に不合格であった場合,2025年〜2033年に統計応用に合格すれば1級合格となります。
統計数理は5問中3問を選択します。統計応用は人文科学・社会科学・理工学・医薬生物学の4分野から1分野を選択し,それぞれの分野で5問中3問を選択します。時間はいずれも90分で記述式のテストとなります。分野は申し込み時に選択するため,複数分野を対策しておいて解けそうな分野を当日選ぶことはできません。
合格率・申込数・受験数
統計検定の公式サイトに記載の通り,2012年〜2014年の統計検定1級は統計数理と統計応用の区別がなく同一のテストとして実施されていたため,ここでは分離して表示します。なお,2020年度は緊急事態宣言下のために中止となりました。
合格率
合格率は一貫して30%未満を推移しており,資格試験としては門戸が狭くなっています。統計応用には複数分野があるため合格率のばらつきの要因を断定することは難しいですが,統計数理に関しては2016年以降は比較的落ち着いて推移しています。
申込数・受験数
申込者数と受験者数は右肩上がりで増加しています。それに伴い「申し込みはしたが受験はしなかった」数も増加しています。統計数理と統計応用の申込数がほとんど同じであることから,片方だけ合格している状態でもう片方の取得を目指している人の割合は低いと考えられます。ただし,統計数理だけの受験数と統計応用だけの受験数がつり合っているだけの可能性もあります。統計数理と統計応用の差は申込と応募でそこまで大きく開いていないため,両方とも受験した人のうち,午前中の統計数理の感触が悪くて午後の統計応用を諦めた人の割合はそこまで高くないと考えられます。
出題範囲
統計検定1級の出題範囲は,準1級の内容を全て含んだ上で下記で示すような内容となっています。
一次情報はこちらの公式ページから確認できます。
統計数理
- 確率と確率変数
- 事象と確率:独立/条件付き確率/ベイズの定理/包除原理など
- 確率分布と母関数:確率関数/累積分布/危険率/同時分布/周辺分布/条件付き分布など
- 特性値:期待値/分散/標準偏差/歪度/尖度/パーセント点/最頻値/共分散/相関係数など
- 変数変換:確率変数の線形結合など
- 極限定理と近似:大数の弱法則/中心極限定理/正規近似/ポアソン近似/連続修正など
- 種々の確率分布
- 離散型分布:一様/ベルヌーイ/二項/超幾何/幾何/ポアソン/負の二項/多項分布など
- 連続型分布:一様/(多変量)正規/指数/ガンマ/ベータ/コーシー/対数正規/ワイブル分布など
- 標本分布:$t$分布/カイ二乗分布/$F$分布など
- 統計的推測(推定)
- 母集団と標本統計量:十分統計量/ネイマンの分解定理/順序統計量など
- 最尤推定:尤度関数/有効スコア関数/最尤推定など
- 各種推定法:モーメント法/最小二乗法/線形推定など
- 点推定量の性質:不偏性/一致性/十分性/有効性/相対効率など
- モデル評価基準:KL情報量/情報量規準AIC/クロスバリデーションなど
- 漸近的性質:クラーメル・ラオの不等式/フィッシャー情報量/漸近正規性/デルタ法など
- 区間推定:信頼係数/信頼区間の構成/被覆確率など
- 統計的推測(検定)
- 検定の基礎:検定統計量/$P$値/有意水準/棄却域/第一(二)種の過誤/検出力など
- 検定法の導出:ネイマン・ピアソンの基本定理/尤度比検定/ワルド型検定/スコア型検定など
- 正規分布の検定:平均値と分散に関する検定/複数の平均に関する検定など
- 種々の検定法:基本的な分布に関する検定/適合度検定/ノンパラメトリック検定など
- データ解析法と各種分析手法
- 分散分析:交互作用/共分散分析/多重比較など
- 回帰分析:単回帰/重回帰/最小二乗推定/決定係数/残差など
- 分割表の解析:カイ二乗検定/フィッシャー検定/マクネマー検定/イェーツの補正など
- ノンパラメトリック法:符号検定/ウィルコクソン順位和検定/順位相関係数など
- 不完全データ:欠損/打ち切り/トランケーションなど
- シミュレーション:乱数/モンテカルロ法/MCMC/ブートストラップなど
- ベイズ法:事前分布/事後分布/階層ベイズモデル/ギブスサンプリングなど
統計応用
4分野に共通して下記が問われます。
- 研究の種類:実験研究/観察研究/調査など
- 標本調査法:完全無作為抽出/層化抽出/二段階抽出/サンプルサイズの設計など
- 実験計画法:フィッシャーの3原則/一(二)元配置法/二元配置法/ブロック化/乱塊法など
- 重回帰分析:一般化最小二乗推定/ガウス・マルコフの定理/多重共線性/L1正則化法など
- 各種多変量解析法:主成分分析/因子分析/判別分析/クラスタ分析/ロジスティック回帰分析など
- 確率過程:マルコフ連鎖/ランダムウォーク/ポアソン過程/ブラウン運動など
- 時系列解析:ARIMAモデル/状態空間モデルなど
各分野では下記が問われます。
- データの取得法:実験と準実験/アンケート調査の設計と実践など
- データの集計:クロス集計/独立性の検定/連関の指標/四分相関など
- 多変量データ分析法:数量化理論/パス解析/多次元尺度構成法/共分散構造分析など
- 潜在構造モデル:潜在特性/潜在クラス分析など
- テストの分析:テストの信頼性/外(内)的妥当性/項目反応理論/困難度/識別力など
その他
統計検定1級特有の注意事項として,下記が挙げられます。
- 普通電卓(関数電卓等の普通電卓を超える計算機能を有する電卓を除く)を1台のみ持ち込み可能
- 必要な統計数値表(標準正規分布表やカイ二乗分布表など)は問題冊子に掲載される
傾向と対策
過去問分析
当サイトでは独自の過去問分析を行なっています。下記をご参照ください。
試験範囲から読み取れること
統計検定1級の出題範囲表には大項目・小項目とそのトピックが記載されていますが,それ以外にも「ねらい」という列があります。実はこの内容が非常に重要で,過去に統計検定1級で出題された大問の趣旨がよく表現された文章となっています。そこで,以下では統計数理の出題範囲表のうち「ねらい」の内容を管理人が意訳してまとめておきます。
統計応用の「ねらい」は各分野で細分化されている訳ではなく無難なことが書いてあるだけですので,説明は割愛します。
- 確率と確率分布の基礎事項を理解して確率計算ができる
-
定義に従った計算ができるかを問うています。独立・条件付き確率・周辺確率・確率密度関数・累積分布関数を導出できるかがポイントです。モーメント母関数の性質を用いて与えられた確率分布の$1$次モーメントと$2$次モーメントを求め,そこから分散を求める問題が頻出です。
- 分布の特性値を理解して形状が推測できる
-
分布の形状が推測できるかを問うています。実際,期待値と分散は分布の形状を語る上で欠かせない概念です。モーメント母関数の性質と併せることで$k$次モーメントを計算することができ,これにより歪度と尖度も得られます。最頻値は偏微分を用いた最大最小問題,相関係数は条件付き確率と併せて偏相関係数として問われることもありました。
- 変数変換後の分布が導出できる
-
変数変換後の確率変数が従う確率関数を求められるかを問うています。一次元の線形変換が問われやすいですが,たまに多変量正規分布の線形変換や$U{=}Y/X$のような変換が問われます。
- 確率分布の極限的な性質を理解して分布の近似に応用できる
-
漸近理論は2015年度までよく問われていましたが,最近はあまり出題されていません。仮に出題されたとしても誘導付きで問われるか,十分統計量の文脈でチェビシェフの不等式と併せて問われることが多いです。
- 離散型・連続型の確率分布を理解して確率計算ができる
-
各分布の意味を問われることは少なく,実際には「分布の特性値を理解して形状が推測できる」と組み合わせて出題されることがほとんどです。ここでポイントとなるのは一つの分布に対する理解ではなく,分布同士の関係です。負の二項分布と幾何分布の関係,ガンマ分布とベータ分布の関係,t分布と標準正規分布の関係など,確率分布のロードマップで最低限示しているような関係を理解しておくとよいでしょう。
- パラメータ推定法の原理と推定量の良さを理解して区間推定の性質を正しく述べることができる
-
点推定・区間推定の概念を正しく理解して論証できるかを問うています。例えば推定量には有効性という概念がありますが,なぜ有効である方が望ましいのかを理解して説明できるようになる必要があります。過去には独自の区間推定法を構成する能力が問われることもありました。
- 検定の原理を理解して代表的な分布に関する検定ができる
-
検定の概念を正しく理解して言語化できるかを問うています。特にこの「ねらい」は社会に蔓延る誤解を正しく理解しようとするものであり,統計検定1級を目指す上で大きなモチベーションとなる人が多いでしょう。$P$値・有意水準・検出力などの基本概念を数学的に理解できているかがポイントです。なお,最近は検定に関する出題の割合は減っています。
- 分散分析と回帰分析を理解して応用できる
-
分散分析は回帰とセットで扱うことで統一的に理解することができます。回帰モデルでは誤差項に多変量正規分布を仮定することが多く,多変量正規分布の性質を利用する問題に帰着します。多変量を扱う場合は行列積や逆行列の計算を行う必要があるうえに正規方程式に対する理解も必要とされるため,かなりの難問になることが多いです。
- 分割表とノンパラメトリック解析を理解して実践できる
-
この「ねらい」ではカイ二乗分布が問われることがほとんどで,その他のニッチな手法はあまり出題されません。仮にマクネマー検定やウィルコクソン順位和検定,順位相関係数などが出題されたとしても,他のメジャーな大問を解くことで統計検定1級には合格できます。これらのトピックは興味のある方のみ学べば十分でしょう。
- 不完全データ分析を理解してシミュレーションができる
-
欠損・乱数・モンテカルロ法・MCMC・ベイズモデリングは意外と問われることが多いです。統計検定を机上の空論で終わらせないという日本統計学会の気持ちがこの傾向から伝わってきます。確率変換を通じて乱数の生成方法と一様分布が関連づけられる点を問われることが多いです。
統計数理と統計応用の対策法
統計数理と統計応用は全く別の分野ではなく大部分が共通しており,特に理工学で統計数理との共通部分が大きいです。逆に,統計数理だけに出題されて統計応用には出題されないような分野は少ないです。したがって,統計検定1級の対策は統計数理を最優先で行い,次に統計応用に向けてチューニングする方針がよいでしょう。なお,最近の傾向では統計数理の知識だけで合格点を狙えるような出題傾向となっていますので,両方とも中途半端に対策するくらいであれば統計数理に全振りしてしまった方が無難です。統計検定1級の対策としては最初に統計数理の対策を行い,統計応用の対策は過去問演習を行う中で知らない概念が出てきたときに都度調べる程度でよいと管理人は考えています。そこで以下では,統計数理の対策方法をお伝えします。
対策の流れ
マセマ or 明解演習で学部レベルの線形代数と微積分の復習を行います
マセマ or 明解演習 or 「データ解析のための数理統計入門」で学部レベルの統計学の復習を行います
久保川本 or 竹村本で専門レベルの統計学の学習を行います
久保川本 or 竹村本で専門レベルの統計学の演習を行います
2016年以降の統計検定1級の過去問を回します
日本統計学会公認の公式テキストを用いて網羅的な復習を行います
【必須】学部レベルの数学
大学学部レベルの参考書として定番中の定番であるマセマです。キャッチーな語り口で俗っぽく思われがちですが,内容はしっかりとしています。ただし,線形代数における「連立1次方程式」「ジョルダン標準形」と微分積分における「数列と関数の極限」は飛ばしても構いません。もし高校数学の理解が怪しい方は,統計検定1級を受ける前に高校数学の復習を行いましょう。
学部レベルの演習書として名著中の名著です。古くから使われている書籍であるため旧書体が使われている箇所がありますが,内容の網羅性と解説の簡潔さが特徴的です。管理人も愛用しています。ただし,線形代数における「ジョルダン標準形とその応用」「2次形式とエルミート形式」と微分積分における「微分方程式」は飛ばしても構いません。
【必須】学部レベルの統計学
数学と同様に学部レベルの統計学でもマセマが分かりやすいです。飛ばしてもよい章はありません。
数学と同様に管理人が愛用している演習書です。飛ばしてもよい章はありません。
もしこれらの演習書が全く理解できず手が動かない場合は,下記の網羅的な書籍に目を通してください。
後に説明する「現代数理統計学の基礎」よりも少し難易度を落として統計検定準1級に内容をチューニングしたものです。準1級向けとされているものの,1級対策としても十分効果を発揮します。演習問題が豊富に記載されているため,下で紹介する久保川本や竹村本の代わりにこの書籍だけで学習を完結させるのもアリです。
参考までに,データ解析のための数理統計入門における各章の学習優先度をまとめておきます。
データ解析のための数理統計入門の各章優先度
章 | 節 | 優先度 |
---|---|---|
第1章 確率モデル | 標本空間 | MUST |
確率 | MUST | |
初等的な確率計算 | MUST | |
条件付き確率とベイズの公式 | MUST | |
事象の独立性 | MUST | |
第2章 確率変数と確率分布 | 離散確率分布 | MUST |
連続確率分布 | MUST | |
確率変数の関数の分布と変数変換 | MUST | |
第3章 2変数の同時確率分布 | 離散確率変数 | MUST |
連続確率変数 | MUST | |
確率変数の独立性 | MUST | |
条件付き分布 | MUST | |
二変数関数の変数変換 | MUST | |
第4章 期待値と積率母関数 | 期待値の性質 | MUST |
共分散と相関係数 | MUST | |
条件付き期待値 | MUST | |
積率母関数と確率母関数 | MUST | |
第5章 統計モデルとデータの縮約 | 統計モデルの考え方 | MUST |
標本平均/標本分散/不偏分散 | MUST | |
順序統計量 | MUST | |
十分統計量とデータの縮約 | MUST | |
階層的な確率モデル | WANT | |
ポアソン過程 | WANT | |
第6章 大数の法則と中心極限定理 | 大数の法則 | MUST |
中心極限定理 | MUST | |
収束関連の事項 | MUST | |
第7章 正規分布から導かれる分布 | カイニ乗分布/$t$分布/$F$分布 | MUST |
標本平均と不偏分散の確率分布 | MUST | |
第8章 パラメータの推定 | パラメトリックモデルの例 | MUST |
推定方法 | MUST | |
最尤推定量の漸近正規性 | MUST | |
クラメール・ラオ不等式と有効性 | MUST | |
十分統計量とラオ・ブラックウェルの定理 | MUST | |
第9章 仮説検定と信頼区間 | 仮説検定とは | MUST |
統計的仮説検定の考え方 | MUST | |
尤度比検定 | MUST | |
二標本の正規母集団に関する検定 | MUST | |
ワルド型検定 | WANT | |
信頼区間 | MUST | |
相関係数の検定とフィッシャーの$z$変換 | WANT | |
第10章 カイニ乗適合度検定と応用例 | 多項分布による適合度検定 | MUST |
分布系の検定 | MUST | |
第11章 回帰分析―単回帰モデル― | 最小二乗法 | MUST |
単回帰モデル | MUST | |
回帰診断 | MUST | |
第12章 回帰分析―重回帰モデル― | 重回帰モデルの行列表現と最小二乗法 | MUST |
最小二乗推定量の性質 | MUST | |
回帰係数の仮説検定 | WANT | |
変数選択の方法 | WANT | |
応用例 | WANT | |
第13章 ロジスティック回帰とポアソン回帰 | ロジスティック回帰モデル | WANT |
二値データ解析のモデル | WANT | |
ポアソン回帰 | WANT | |
第14章 ベイズ統計とMCMC法 | 事前分布と事後分布 | MUST |
代表例 | MUST | |
ベイズ流仮説検定とベイズファクター | MUST | |
事前分布の選択 | MUST | |
マルコフ連鎖モンテカルロ法 | WANT | |
第15章 分散分析と多重比較 | フィッシャーの3原則 | MUST |
一元配置分散分析 | MUST | |
多重比較の問題 | MUST | |
二元配置分散分析 | WANT | |
第16章 分布によらない推測法 | データの要約 | WANT |
順位相関係数 | WANT | |
ノンパラメトリック回帰と ナダラヤ・ワトソン推定 | WANT | |
ブートストラップ法 | WANT | |
ノンパラメトリック検定 | WANT | |
生存時間解析とカプラン・マイヤー推定 | WANT | |
第17章 多変量解析手法 | 相関行列と偏相関 | MUST |
主成分分析 | WANT | |
判別分析 | WANT | |
因子分析 | WANT | |
クラスター分析 | WANT |
【可能であれば】専門レベルの統計学
久保川先生の「環境利用統計学の基礎」と竹村先生の「環境利用統計学」は定番中の定番です。いずれも大学の専門書とは思えないほど初学者に優しい内容となっています。ただしこれらは学部レベルの入門書ではないため,これらの書籍だけで統計検定1級の対策を行おうとしている方は挫折する傾向にあります。もちろん,どちらかの書籍を全て理解できれば確実に統計検定1級には受かることができるでしょう。実際に,統計検定1級の過去問ではこれらの書籍で説明されているトピック(分散分析など)がそのまま出題されたこともありました。ですので,まずは学部レベルの書籍を確実に理解してから専門レベルの書籍に取り掛かるようにしてください。ちなみに,久保川本は定理の導出を軸として解説を進めるという特徴があり,竹村本は統計学という学問を網羅した上で自然と定理が浮かび上がるという特徴があります。久保川本は証明が簡潔であり数学的な深みには足を踏み入れないイメージで,竹村本は必要に応じて数学的な深みに片足を突っ込むイメージです。
参考までに,久保川本と竹村本における各章の学習優先度を記載しておきます。
久保川本の各章優先度
章 | 節 | 優先度 |
---|---|---|
第1章 確率 | 事象と確率 | MUST |
条件付き確率と事象の独立性 | MUST | |
発展的事項 | WANT | |
第2章 確率分布と期待値 | 確率変数 | MUST |
確率関数と確率密度関数 | MUST | |
期待値 | MUST | |
確率母関数/積率母関数/特性関数 | MUST | |
変数変換 | MUST | |
第3章 代表的な確率分布 | 離散確率分布 | MUST |
連続分布 | MUST | |
発展的事項 | WANT | |
第4章 多次元確率変数の分布 | 同時確率分布と周辺分布 | MUST |
条件付き確率分布と独立性 | MUST | |
変数変換 | MUST | |
多次元確率分布 | MUST | |
第5章 標本分布とその近似 | 統計量と標本分布 | MUST |
正規母集団からの代表的な標本分布 | MUST | |
確率変数と確率分布の収束 | MUST | |
順序統計量 | MUST | |
発展的事項 | WANT | |
第6章 統計的推定 | 統計的推測 | MUST |
点推定量の導出方法 | MUST | |
推定量の評価 | MUST | |
発展的事項 | WANT | |
第7章 統計的仮説検定 | 仮説検定の考え方 | MUST |
正規母集団に関する検定 | MUST | |
検定統計量の導出方法 | MUST | |
適合度検定 | MUST | |
検定方式の評価 | MUST | |
第8章 統計的区間推定 | 信頼区間の考え方 | MUST |
信頼区間の構成方法 | MUST | |
発展的事項 | WANT | |
第9章 線形回帰モデル | 単回帰モデル | MUST |
重回帰モデル | MUST | |
変数選択の規準 | WANT | |
ロジスティック回帰モデルと一般化線形モデル | WANT | |
分散分析と変量効果モデル | WANT | |
第10章 リスク最適性の理論 | リスク最適性の枠組み | MUST |
最良不偏推定 | MUST | |
最良共変(不変)推定 | WANT | |
ベイズ推定 | WANT | |
ミニマックス性と許容性の理論 | WANT | |
計算統計学の方法 | マルコフ連鎖モンテカルロ法 | MUST |
ブートストラップ | MUST | |
最尤推定値の計算法 | MUST | |
第12章 発展的トピック:確率過程 | ベルヌーイ過程とポアソン過程 | WANT |
ランダム・ウォーク | WANT | |
マルチンゲール | WANT | |
ブラウン運動 | WANT | |
マルコフ連鎖 | WANT | |
付録 | 微積分と行列演算 | MUST |
主な確率分布と特性値 | MUST |
竹村本の各章優先度
章 | 節 | 優先度 |
---|---|---|
第1章 前置きと準備 | 数理統計学の位置づけ | MUST |
記述統計の復習 | MUST | |
第2章 確率と1次元の確率変数 | 確率と確率変数 | MUST |
確率変数の期待値と分布の特性値 | MUST | |
母関数 | MUST | |
主な1次元分布 | MUST | |
第3章 多次元の確率変数 | 確率ベクトルの同時分布 | MUST |
変数の変換とヤコビアン | MUST | |
多次元分布の期待値 | MUST | |
主な多次元分布 | MUST | |
第4章 統計量と標本分布 | 母集団と標本 | MUST |
統計量と標本分布 | MUST | |
正規分布のもとでの標本分布論 | MUST | |
非心分布論 | WANT | |
確率論のいくつかの基本的な極限定理 | MUST | |
標本平均の分布の漸近理論 | MUST | |
順序統計量と経験分布関数 | MUST | |
有限母集団からの非復元抽出 | MUST | |
第5章 統計的決定理論の枠組み | 用語と定義 | MUST |
許容性 | WANT | |
ミニマックス基準とベイズ基準 | WANT | |
第6章 十分統計量 | 十分統計量の定義と分解定理 | MUST |
統計的決定理論における十分統計量 | MUST | |
完備十分統計量 | WANT | |
最小十分統計量 | WANT | |
第7章 推定論 | 点推定論の枠組み | MUST |
不偏推定量とフィッシャー情報量 | MUST | |
完備十分統計量に基づく不偏推定量 | WANT | |
不偏推定の問題点 | MUST | |
最尤推定量 | MUST | |
クラメル・ラオの不等式の一般化 | WANT | |
第8章 検定論 | 検定論の枠組み | MUST |
最強力検定とネイマン・ピアソンの補題 | MUST | |
リスクセットとネイマン・ピアソンの補題 | WANT | |
単調尤度比と一様最強力検定 | MUST | |
不偏検定 | WANT | |
尤度比検定 | MUST | |
第9章 区間推定 | 区間推定の例 | MUST |
信頼域の構成法 | MUST | |
信頼区間の解釈 | MUST | |
信頼区間の最適性 | WANT | |
最尤推定量に基づく信頼区間 | WANT | |
同時信頼域に関する諸問題 | WANT | |
第10章 正規分布/2項分布の推測 | 正規分布に関する推測 | MUST |
二項分布に関する推測 | MUST | |
多項分布に関する検定 | MUST | |
第11章 線形モデル | 回帰モデル | MUST |
回帰モデルの推定 | MUST | |
一元配置分散分析モデル | MUST | |
二元配置分散分析モデル | WANT | |
線形モデルにおける正準形と最小二乗法 | WANT | |
正準形に基づく線形モデルの推定と検定 | WANT | |
母数のムダと線形推定可能性 | WANT | |
第12章 ノンパラメトリック法 | ノンパラメトリック法の考え方 | WANT |
ノンパラメトリック検定 | WANT | |
タイのある場合のとり扱い | WANT | |
ノンパラメトリック検定から得られる区間推定 | WANT | |
並べかえ検定 | WANT | |
ノンパラメトリック検定の漸近相対効率 | WANT | |
第13章 漸近理論 | 最尤推定量の漸近有効性 | WANT |
尤度比検定の漸近分布 | WANT | |
第14章 ベイズ法 | ベイズ統計学と古典的統計学 | MUST |
事前分布と事後分布 | MUST | |
事前分布の選択 | MUST | |
統計的決定理論から見たベイズ法 | WANT | |
ミニマックス決定関数と最も不利な分布 | WANT | |
補論 | 多変量中心極限定理 | WANT |
確率収束と分布収束 | WANT | |
数列のオーダーと記法 | MUST | |
ジェンセンの不等式 | MUST |
【可能であれば】専門レベルの統計学演習
専門レベルの演習書としては,専門書の章末問題が最も適しています。上で説明した通り,どちらかの書籍の章末問題を全て解くことができれば確実に統計検定1級には受かることができますが,対策を挫折させないためにも学部レベルの演習書を確実に解けるようにしてから専門レベルの書籍の章末問題に取り掛かるようにしてください。
【必須】過去問演習
公式HPの過去問ページより,最新年度の過去問と簡易的な解答を確認することができます。一昨年以前の過去問は,著作権の関係から隔年で出版される下記の書籍を参照する必要があります。
線形回帰モデルの演習は久保川本と竹村本ではやや不足しているため,過去問で補填しましょう。
公式解答解説はページ数が限られている関係からか行間があまりにも飛躍しすぎている箇所が散見されるため,当サイトでは独自に統計検定1級の解答解説を行なっております。
【必須】総復習
日本統計学会公認の公式テキストは試験範囲の内容が簡潔にまとめられているため,最終的な総復習に有用です。定理の証明は行間が飛躍している箇所が多いためこの書籍で統計学の学習を行うことは難しいですが,あくまでも統計検定1級の試験範囲を見直す用途においては適切な内容です。マセマ・明解演習・久保川本・竹村本では統計検定1級の試験範囲から少し逸脱しているトピックもありますので,最後の仕上げで知識を整理しておきましょう。
統計検定準1級の公認テキストですが,こちらも内容の網羅性が高いため総復習に有用です。統計検定1級は統計検定準1級の試験範囲を全て含むと明記されていますので,準1級対策も十分効果を発揮します。1級は主に数学的な論証能力を問うような試験ですが,準1級は統計学全体の知識を網羅できているかを問うているからです。
勉強の観点とテクニック
統計検定1級は小手先のテクニックで合格することはできない試験ですが,意識しておくと少し勉強がしやすくなるような観点を挙げておきます。
- 微分積分の計算は手に馴染ませる
-
高校数学レベルの微分積分計算は正確に計算できるようにしておきましょう。置換積分と部分積分ができなければ統計検定1級の受験はできないと思った方がよいです。同様に偏微分も正確に計算できるようにしておきましょう。最尤推定や最頻値の問題で必須となります。
- 公式テキストに記載されている分布の期待値と分散を求められるようにする
-
毎年,期待値と分散の計算問題が出題されています。計算過程を示す必要があるため代表的な分布の期待値と分散を暗記しているだでは点数を確保することはできませんが,扱う対象の確率分布も限られているため,もし結果を知っていれば検算に利用することができます。期待値と分散の求め方には定義から求める方法とモーメント母関数から求める方法がありますが,両方とも問われますので両方とも導出できるようにしておきましょう。
- 確率関数から分布名を答えられるようにする
-
たまに「この分布は何か」という問題が出題されるように,与えられた分布を答えられるようにするだけで大問のテーマを把握することができるようになります。例えば近年は指数分布やポアソン分布の確率密度関数が冒頭で与えられることが多かったですが,これらの分布名を理解できない人は大問が「期待値や分散の定義に従った計算問題」にしか見えないでしょう。
- 確率分布の関係性を整理する
-
確率分布同士の関係性も頻出のトピックです。管理人のように独自の曼荼羅を作ったり,分布同士の関係性を定理の形で整理したりする(こちらの「分布間の関係」を参照)と非常に効果的です。ただし,確率分布の曼荼羅を書き出すとキリがなく,あくまでも一側面を切り取るだけの図示となることは理解しましょう。有識者からツッコミが入ります。
- ラグランジュの未定乗数法を扱えるようにする
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最尤推定や最頻値の問題では対数尤度関数や確率関数を偏微分するだけですが,中には確率の総和が$1$となる制約条件などを踏まえる最大最小問題が出題されることもあります。制約条件下の最大最小問題はラグランジュの未定乗数法を利用しますので,いつでも利用できるような準備をしておきましょう。
- 最大最小問題では増減表の記述は必須ではない
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最尤推定や最頻値の問題は偏微分を用いた最大最小問題に帰着されますが,問題文で指示されている場合を除き最尤値や最頻値が目的関数を最大化することを増減表を用いて示す必要はありません。実際に公式解答解説でも,そこまでは問うていないとしています。
- 適度な抽象化を心がける
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統計検定1級では最小値の順序統計量や最大値の順序統計量は頻出のトピックです。これらを個別に理解しても過去問を解けるようになりますが,第k順序統計量の累積分布関数と確率密度関数のように抽象化して定式化しておくことで知識の汎用性を高めることができます。ただし抽象化しすぎると沼にハマることも多く,久保川本や竹村本に記載されていなければそれ以上の抽象化を行わない方針がよいです。
- 正規分布の条件付き確率関数は多変量正規分布の公式を利用する
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毎年条件付き分布の問題がよく出題されますが,扱う対象が正規分布の場合は多変量正規分布の条件付き分布に関する公式を利用すると非常に簡潔に解答することができます。例えば,2012年統計数理問5で多変量正規分布の条件付き分布に関する公式を利用せず条件付き確率関数の定義に従って確率密度関数の分数を計算していくと,かなり煩雑な計算が求められます。
- ベイズ法の計算は共役事前分布から当たりをつける
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ベイズ法では尤度関数と事前分布の積を計算する必要がありますが,共役事前分布を選べば事後分布は事前分布と同一の形となります。そのため「事後分布は事前分布と同一の形になるだろう」と予測しながら計算を進めることで見通しがよくなります。
- 問題冊子に掲載されたパーセント表の扱いに慣れておく
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微分積分のように数学的な論証能力を鍛えるだけでなく,標準正規分布やカイ二乗分布のパーセント表を利用して帰無仮説が棄却されるかどうかを判定する練習は欠かせません。片側検定と両側検定の使い分けで点数を落としてしまうと勿体ないです。
- 解答用紙は清書したものを転記するものではない
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統計検定1級は時間との戦いです。問題用紙のメモ欄に計算して結果を綺麗に解答用紙に書き写している時間などありません。途中計算は基本的に解答用紙上で行い,数値計算や約分計算など些細な部分は問題用紙のメモ欄を利用するようにしましょう。なお,解答用紙の罫線幅は狭いため複数行をまたいで数式を記述していくことになります。
おわりに
日本統計学会は統計学の重要性を下記のように説明しています。
種々の議論を,データという客観的な証拠を基にして行うという姿勢は,まさにグローバルスタンダードとして国内外を問わず広く必要とされているところです。
統計検定1級 実施趣旨より
統計学の勉強を通じ,管理人は世に蔓延る誤謬や検定を理解せずに濫用する悪影響を知ることができ,日常生活においてデータと向き合うスタンスが根本から変化しました。平均値のみで標本の特徴を語る同僚に「なぜ平均値だけでそんなこと言えるの?」と問えるようになり,偏差値には正規性の仮定が必要不可欠だと語る友人に「本当にそうだっけ?」と問えるようになりました。統計学はデータに基づく意思決定を方向づける重要なツールであり,管理人は今後もその重要性は薄まることはないと考えています。ぜひ統計検定1級の取得を目指して統計学の愉しさを実感してみてください。
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