本記事は数学の徹底解説シリーズに含まれます。
初学者の分かりやすさを優先するため,多少正確でない表現が混在することがあります。もし致命的な間違いがあればご指摘いただけると助かります。
ハミルトン・ケーリーの定理
$V$を$\mK$上の$n$次元ベクトル空間とする。ただし,$\mK$は複素数空間$\mC$または実数空間$\mR$を表す。$V$の任意の線型変換$F$に対し,その固有多項式$f_{F}(x)$の$x$に$F$を代入して得られる$f_{F}(F)$は$V$の零変換となる。すなわち,
f_{F}(F) &= 0 \label{主題}
\end{align}
が成り立つ。さらに,線型変換と表現行列はある基底に関して一対一対応することから,任意の正方行列$A$に対して
f_{A}(A) &= O \label{行列形式}
\end{align}
が成り立つ。ただし,$O$は零行列を表す。
行列の標準化において非常に重要な役割を果たす定理です。また,正方行列$A$の要素は実数でも複素数でも本定理は成り立つことに注意して下さい。
証明
ハミルトン・ケーリーの定理の証明には,線型変換の世界で行う方法と,行列形式の世界で行う方法があります。定理の中にある通り,線型変換はある基底に関して表現行列と一対一対応するので,どちらかの世界で証明を行えばよいです。本稿では,汎用性を高めるため,線型変換の世界で証明を行います。本質的には,線型変換を行列積と捉えることで,同様の証明が可能になります。
いま,線型変換$F$の固有値を$\alpha_{1},\ldots,\alpha_{n}$とすると,$F$の固有多項式は
f_{F}(F) &= (F-\alpha_{1}I)\cdots (F-\alpha_{n}I)\label{合成写像}
\end{align}
と表されます。ただし,$I$は$n$次元恒等変換を表します。$V$の適当な基底を$\{v_{1},\ldots,v_{n}\}$とすると,実数$c_{1},\ldots,c_{n}$に対して,$V$の任意の元$v$は
v &= c_{1}v_{1}+\cdots+c_{n}v_{n}
\end{align}
と表されます。ここで,$f_{F}(F)$に関する$v$の像を考えると,$f_{F}(F)$が線型変換であることに注意して,
f_{F}(F)(v) &= f_{F}(F)(c_{1}v_{1}+\cdots+c_{n}v_{n})\\[0.7em]
&= f_{F}(F)(c_{1}v_{1})+\cdots+f_{F}(F)(c_{n}v_{n})\\[0.7em]
&= c_{1}f_{F}(F)(v_{1})+\cdots+c_{n}f_{F}(F)(v_{n}) \label{線型}
\end{align}
となります。ここでもし,$1\leq i\leq n$を満たす$i$に対して
f_{F}(F)(v_{i}) &= 0 \label{中間目標}
\end{align}
が成り立つとすれば,式($\ref{線型}$)より任意の$V$の元$v$に対して$f_{F}(F)(v)=0$であること,すなわち$f_{F}(F)$が零変換であることを示せます。そこで,以下では合成写像($f_{F}(F)$)に用いる写像$F$の数$r$と$V$の基底$\{v_{1},\ldots,v_{n}\}$のインデックス$i$に関する帰納法を用いて式($\ref{中間目標}$)を示します。
まず,三角化定理より$F$は基底$\{v_{1},\ldots,v_{n}\}$に関して三角行列
\begin{bmatrix}
\alpha_{1}&&\ast\\[0.7em]
&\ddots&\\[0.7em]
&&\alpha_{n}
\end{bmatrix}\label{表現行列}
\end{align}
で表現されます。したがって,行列($\ref{表現行列}$)の第$1$列目に注意すると,表現行列の定義より
f_{F}(F)(v_{1}) &= \alpha_{1}v_{1}
\end{align}
が成り立ちます。ゆえに,
(F-\alpha_{1}I)(v_{1}) &= F(v_{1})-\alpha_{1}v_{1} &&=0
\end{alignat}
が成り立ちます。次に,$r$を$2\leq r\leq n$を満たす整数とし,$i=1,\ldots,r-1$それぞれに対して
(F-\alpha_{1}I)\cdots (F-\alpha_{r-1}I)(v_{i}) &= 0\label{帰納法の仮定}
\end{align}
が成り立つと仮定します。このとき,$i=1,\ldots,r$に対して
(F-\alpha_{1}I)\cdots (F-\alpha_{r}I)(v_{i}) &= 0\label{帰納法の主題}
\end{align}
を示すことができれば,帰納法より$2\leq r\leq n$を満たす$r$に関しては式($\ref{帰納法の主題}$)が成り立ちますので,$r=n$のとき式($\ref{中間目標}$)を示すことができます。すなわち,ハミルトン・ケーリーの定理である式($\ref{主題}$)を示すことができます。
$i=1,\ldots,r$に対し,表現行列($\ref{表現行列}$)の第$i$列を
(a_{1i},\ldots,a_{i-1,i},\alpha_{i},0,\ldots,0)^{T}
\end{align}
とおくと,表現行列の定義より
F(v_{i}) &= a_{1i}v_{1}+\cdots+a_{i-1,i}v_{r-1}+\alpha_{i}v_{i}
\end{align}
となりますから,
(F-\alpha_{r}I)(v_{i}) &= F(v_{i})-\alpha_{r}v_{i}\\[0.7em]
&=a_{1i}v_{1}+\cdots+a_{i-1,i}v_{i-1}+(\alpha_{i}-\alpha_{r})v_{i}
\end{align}
となります。したがって,
&(F-\alpha_{1}I)\cdots(F-\alpha_{r}I)(v_{i})\notag\\[0.7em]
&= (F-\alpha_{1}I)\cdots(F-\alpha_{r-1}I)\left\{a_{1i}v_{1}+\cdots+a_{i-1,i}v_{i-1}+(\alpha_{i}-\alpha_{r})v_{i}\right\} \\[0.7em]
&= a_{1i}(F-\alpha_{1}I)\cdots(F-\alpha_{r-1}I)(v_{1})+\cdots+a_{i-1,i}(F-\alpha_{1}I)\cdots(F-\alpha_{r-1}I)(v_{i-1})\notag\\[0.7em]
&\quad\quad+(\alpha_{i}-\alpha_{r})(F-\alpha_{1}I)\cdots(F-\alpha_{r-1}I)(v_{i})\label{三つの項}
\end{align}
が成り立ちます。ここで,$2\leq i\leq r{-}1$のときは,帰納法の仮定($\ref{帰納法の仮定}$)より式($\ref{三つの項}$)の全ての項が$0$となります。$i{=}r$のときは,帰納法の仮定($\ref{帰納法の仮定}$)が利用できませんが,式($\ref{三つの項}$)の最後の項の係数$\alpha_{i}-\alpha_{r}$が$0$となるため,結局すべての項が$0$となります。したがって,式($\ref{帰納法の主題}$)が$i=1,\ldots,r$のときに成り立つことが示されました。すなわち,ハミルトン・ケーリーの定理が示されました。
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