本稿では,学部時代は勉学以外のことに打ち込み続けた管理人が,血を吐く思いで知能情報学コースに合格するまでの道のりをまとめています。管理人は京大情報学科以外の学部から入っているということもあり,特に外部からの編入を狙う方にとって参考になるような情報を提供します。
注意事項
毎年多くの方から「内部生だけで共有されている情報はあるか」という旨の質問をいただきます。結論から言うと,内部生だけで共有されている情報はありません。なぜならば,もし仮に内部生が有利になるような情報が出回っているとした場合,大学院入試の公平性を著しく欠くことになるからです。大学院入試も歴とした入学試験ですので,内部・外部で情報格差がある場合は全国的に問題になるでしょう。もし内部情報を販売しているようなサイトがあれば,確実に詐欺です。ご注意ください。
ただし,過去問題解答は代々引き継がれている研究室もあり,この点だけは情報格差となり得ると考えています。そこで,当サイトでは過去問題解答を提供しております。この過去問解答は読むだけで知能情報学コースおよびデータ科学コースの対策になるよう,単なる解答の羅列とならないように背景を含めた解説を行っております。たとえ内部で引き継がれている資料があったとしても,それらの資料よりも充実した解答解説を提供できるように管理人も毎年精進しておりますので,その点はご安心ください。過去問題以外に思い浮かぶ情報格差はありません。
はじめに
本稿では,以下の流れに沿って具体的な対策方法や効果的な勉強方法をお伝えしていきます。
情報学研究科や知能情報学コースに関する情報を集めます
STEP1で集めた情報に基づいて第一志望の研究室を決めます
STEP2で決めた研究室と自分の得意不得意に基づいて受験科目を決めます
大きなウェイトを占める英語のスコアを短期間で最大化します
最も肝要な対策ともいえる過去問を集めます
問題のベースとなる授業資料を集めます
授業資料と良質な参考書をベースにして勉強します
A4二枚程度で志望理由書を準備します
蓄えた知識を過去問で院試用に最適化します
情報収集
何をするにも,まずは敵を知るところから始めなければなりません。まずは,情報学研究科のHPや知能情報学コースのHPから入試に関する情報を集めましょう。例えば,先端数理は入試が早く,知能情報は倍率が異常に高い,等です。当サイトでは,知能情報学コースの教務掛にお願いして過去の倍率データをいただき,その遷移をまとめています。
志望研究室決め
自分の希望する研究室を決めましょう。このタイミングで研究室を決める理由は,勉強内容を定めるためです。狙う研究室によって勉強内容が大きく異なることがあるため,出来るだけ早く希望の研究室の目星をつけておくべきです。そして何より,研究室を調べていると勉強のモチベーションが高まります。自分の好きなことができる研究室が見つかれば,自然と勉強に対する意欲も湧いてくるものです。
研究室の人気に関してよく質問をいただきます。研究室ごとの倍率は公開されていないため,あくまでも管理人の肌感にはなってしまいますが,知能情報学コースの研究室の人気度は以下の印象です。
知能メディア ≒ 認知システム > メディア応用 ≒ 脳認知科学 > 生命システム情報学
「人気があるから優秀だ」ということを言いたい訳ではありません。
知能メディアに属する黒橋研・河原研・西野研は,毎年かなり人気がある印象です。認知システムの鹿島研,メディア応用の岡部研も人気がある印象です。脳認知科学に関しては京大の人間・環境学研究科にも認知・行動科学講座があることから,志望者が分散している印象があります。生命システム情報学には阿久津研しか属しておらず,研究室が宇治にあるなど少し異色な位置付けとなっています。
管理人が考える研究室選びのポイントは以下です。
- 教員が積極的に論文を執筆しているか
- Google scholarなどを用い,所属している教員の論文を発表年度の降順で並び替えて確認します。論文投稿に積極的な教員であれば,直近1年間で10本程度の論文を執筆しています。ここ数年論文を投稿していない先生の下では,適切な指導を受けられるとは言い難いでしょう。また,教員は業績一覧ページを持っていることがほとんどですので,名前で検索して今までの主な業績などを確認することも忘れないようにして下さい。
- 教員数と学生数は十分か
- 教員数が多ければ多いほど,多様な教育を受けられる機会が増えます。極端な例ですが,研究室に一人の教員しかいないのであれば,身につけられるスキルや経験が偏ってしまいますし,教員と相性が悪い場合に学生側の逃げ道がなくなってしまいます。また,教員と学生の数が多ければ,多角的な視点から研究に関するディスカッションを建設的に行えるようになるでしょう。学生の立場からすると,同期・先輩・後輩が多いことで,共著論文を執筆する機会も増やすことができます。
- 決まりごとはあるか
- コアタイムを設けて学生を搾取するような研究室には要注意です。「平日は毎日9:00までに来て18:00以降に帰る」といった活動時間が決められている研究室も少なくありません。ご自身の生活スタイルに合わせて検討した結果,そのような研究室が候補に挙がる分には結構なのですが,コアタイムがなく自由に伸び伸びと研究させてもらえるような研究室を選ぶべきだと管理人は考えています。時間だけでなく,強制的な実験や雑用業務を押し付けられるような研究室は選ぶべきではありません。
- 雰囲気は自分に合うか
- 研究室の雰囲気も多種多様です。飲み会が頻繁に開催される研究室もあれば,懇親会は基本的に行われない研究室もあります。体育会系の学生が多い研究室もあれば,文化系の学生が多い研究室もあります。先生と気軽にディスカッションできるような風土の研究室もあれば,一人で黙々と作業する人が多い研究室もあります。研究室の雰囲気は毎年変わるものですので,必ずオープンキャンパスを利用して見学しましょう。なお,オープンキャンパスでは表の顔しか見られませんので,イベントがない平日にアポを取って研究室見学を行うことで,いつもの顔を確認することお勧めします。
受験科目決め
2024年8月に実施される試験は,以下のような出題範囲となっています。
- 情報学基礎(必須)
- 線形代数/微分積分
- アルゴリズムとデータ構造
- 専門科目(2題選択)
- 認知神経科学/知覚・認知心理学
- 統計学
- パターン認識と機械学習
- 情報理論
- 信号処理
- 形式言語理論
2024年度より「形式言語理論/計算理論/離散数学」は「形式言語理論」と改訂されました。
当サイトでは,2008〜2023年度の過去問分析をまとめていますので,ぜひご活用ください。
情報学基礎は必ず解答しなくてはならないため,線形代数/微分積分とアルゴリズムとデータ構造を勉強することは必須です。続いて,専門科目の中から自分が選択する問題を決めてしまいます。選択する問題数ですが,最低3題,できれば4題を選びたいところです。というのも,各科目の難易度は毎年変動が大きく,複数の科目を対策しておくことで,受験した年で易化した科目の問題を選択することができます。2題だけしか対策していないと,そのうち1題でも難しい問題が出てしまうと詰んでしまいます。
認知神経科学と知覚・認知心理学は著作権の関係から過去問の一部が隠されており,対策が難しいという特徴があります。形式言語理論は2023年度以前は「形式言語理論/計算理論/離散数学」という比較的広めの科目の一部として出題されていた科目であり,例年難しい問題が出題される傾向にあることから選択しない受験生がほとんどでした。2024年度以降は計算理論/離散数学が出題範囲から除かれたため,形式言語理論を選ぶという選択肢も十分妥当です。統計学と機械学習は親和性の高い科目ですので,選ぶのであれば両方同時に選択するべきです。情報理論は難易度が非常に易しい年があることに加え,対策する範囲もそこまで広くはないことから,選んでおいて損はしない科目です。信号処理は出題傾向が一貫していることもあり,非常に対策しやすい科目です。下で各科目のおすすめ書籍を紹介しますので,ぜひ参考にして下さい。
過去には微分方程式・複素関数論・画像処理という科目がありました。
当サイトでは,2008年度から最新年度までの過去問について独自の解答解説を販売しております。
- Web上で解答解説をご覧いただけます
- 各種アルゴリズムでは実装例を極力お見せしています
- 解答解説中で各分野のポイント解説記事を参照いただけます
- サポートページに記載の通り,解答解説に誤植があれば速やかに修正しています
- 解答解説中に不明な点があれば,コメント欄にて私に直接質問いただくことが可能です
2024年は延べ90名の方にご購入いただき,多くの方にご好評いただいております。特にコメント欄では毎年インタラクティブな議論が発生し,受験生の皆様と理解を深められています。ぜひご活用ください。
英語テスト対策
受験科目が決まれば,あとは勉強していくだけです。ここで,英語テスト(TOEFL/TOEIC/IELTS)対策の優先度を上げなくてはなりません。なぜなら,出願時に英語テストのスコアを提出する必要があるからです。英語テストのスコアを受け取るには,受験日から1〜2ヶ月程度余裕をもたなくてはなりませんから,出願が6月であることを考えると遅くとも4月には万全の状態で英語テストを受験しなくてはなりません。情報学基礎や専門科目の勉強は,英語テストの受験が終わってからでも遅くはありません。
受験当日に英語スコアを提出できる場合もありますが,少なくとも受験日から1〜2ヶ月は試験科目の勉強に集中した方がよいと考えています。英語テストの勉強は潔く出願時までに切り上げてしまった方がよいです。
2024年8月に実施される試験では,以下のような配点比率になっています。これを見ても,英語テストスコアの比重の高さがわかると思います。
- 情報学基礎:100
- 専門科目:100
- 英語:50
- (口頭試問:200)
口頭試問は全員が受ける訳ではありません。公式にアナウンスされている訳ではないのですが,ボーダーラインの学生を見定めるための面接という仕立てなのだと思います。
「英語テストはTOEFL/TOEIC/IELTSから何を選択すればよいのか」と毎年よくご相談をいただきます。2022年度までの入試では英語スコアが50点であることしか公表されていなかったのですが,2023年度からは下記のような換算表が要項で公開されています。
- 英語スコア$=$0.056$\times$TOEICスコア$-$13.377
- 英語スコア$=$0.417$\times$TOEFLスコア
- 英語スコア$=$7.361$\times$IELTSスコア$-$9.826(最大は50)
この換算式を表にすると以下のようになります。
英語スコア | TOEIC | TOEFL | IELTS |
---|---|---|---|
25 | 685 | 60 | 4.7 |
30 | 775 | 72 | 5.4 |
35 | 864 | 84 | 6.1 |
40 | 953 | 96 | 6.8 |
42 | 990 | 101 | 7.0 |
45 | - | 108 | 7.4 |
50 | - | 120 | 8.1 |
IELTSスコアは0.5刻みではなく,0.1刻みで算出しています。
この表から分かる通り,TOEICでは満点を取ったとしても英語スコアは42にしかなりません。一方で,TOEFLは満点を取ると英語スコアは50となります。さらに,IELTSでは8.5を取れば英語スコアが50となります。これらより,英語テストの難易度は下記のように想定されていると考えられます。
TOEIC < TOEFL < IELTS
TOEFLとIELTSにはWritingとSpeakingがありますので,少なくともTOEICよりは難しいテストとなっています。また,TOEFLではSpeakingの試験がPCに向かって発話する形式のテストになっている一方で,IELTSでは面接官と対話する形式のテストになっているため,TOEFLよりもIELTSの方が難しいとされているのでしょう。実際に,管理人はTOEFLとIELTSの両方を受験しましたが,IELTSの方が難しいと感じました。TOEFLのSpeakingはPCへの発話形式ですので,事前に準備した回答テンプレートに問題を当てはめて機械的な返答を行うことにより,着実にスコアを伸ばすことが可能です。一方,IELTSのSpeakingは面接官との対話形式ですので,回答テンプレートに当てはめてしまうとコミュニケーションのズレが起きてしまいます。IELTSのSpeakingでは,ある程度は即興能力も問われるのです。
ただし,IELTSには一点だけ大きな落とし穴があります。それは,スコアが0.5刻みであることです。他のテストと比べてスコアの量子化幅が大きいため,例えば「あともう少しで6.0を取れる実力があるのに,5.5になってしまった」というような現象が起きます。他のテストでは,より細かな量子化幅でスコアを得ることができますので,自分の実力に見合った英語スコアとなるでしょう。
逆に,量子化幅が大きいことにより「本来は5.5の実力なのに,運が味方して6.0になった」というケースもあり得ます。英語テストにIELTSを選ぶのは,ある種のギャンブルといえます。
これらの背景から,「英語テストはTOEFL/TOEIC/IELTSから何を選択すればよいのか」というご質問に対しては,下記のようにお答えするようにしています。
- 英語がとにかく苦手なのであれば,WritingとSpeakingがないTOEICでスコアを確保する
- 英語が得意で機械的な暗記作業が得意なのであれば,TOEFLでアドバンテージを目指す
- 英語が得意で人間との対話も厭わないのであれば,IELTSでアドバンテージを目指す
ただし,コースによって利用できる英語テストが異なるため注意が必要です。
- 知能情報・社会情報・数理工学:TOEFL/TOEIC/IELTS
- システム科学・データ科学:TOEFL
- 通信情報:TOEFL/TOEIC
英語テストのボーダーラインに関しても毎年多くの相談をいただきます。英語スコアの統計は公表されていないため断言はできませんが,例年TOEICで800前半がボーダーラインとなっている印象があります。年度によっては,合格者全員がTOEICで900を超えていた研究室もありました。逆に,過去には700台のスコアで合格された方もおられます。まずは,TOEICで850,TOEFLで82,IELTSで6.0を目指してみるとよいでしょう。
管理人の英語テストの成績としては,TOEFLのスコアは86,IELTSのスコアは6.0でした。換算表が公開されていませんでしたので,巷に溢れる換算表にもとづいてTOEFLのスコアを提出しました。現在の換算に従えば,TOEFLのスコアから算出される英語スコアは36,IELTSのスコアから算出される英語スコアは34でしたので,妥当な選択だったと思います。
過去問入手
情報学研究科のHPに各コースの過去問が掲載されるようになったのは最近のことで,昔は各コースのHPに過去問は掲載されていました。Internet Archiveが運営しているWayback Machineを利用すると,直近5年分より前の過去問を入手することができます。具体的には,知能情報学コースのHPにおける「大学院入試情報」のURLを検索することで,当時過去問を公開していたのアーカイブにアクセスできます。
この方法で2008年より前の過去問を入手することができますが,出題傾向や内容自体が変わっている点に注意が必要です。本当に余裕のある方のみ参考程度に取り組むとよいでしょう。
授業資料集め
院試の問題は各コースの先生が作られていますので,先生方が担当する授業資料やレジュメは非常に参考になります。過去には,情報理論や機械学習の科目で授業資料とほとんど同じ問題が出題されたこともあります。自分は情報学科出身ではありませんでしたので,授業資料はWeb上のシラバスを参照したり,研究室にアポを取って在籍中の学生からpdfをいただいたりしていました。方法は問いませんので,とにかく最新の授業資料を手に入れましょう。もし京大に何の繋がりもなく,遠方にお住まいで研究室に足を運ぶことが難しい方がいらっしゃれば,管理人に連絡して下さい。何かしらの策は打ちます。
とにかく勉強
あとは,ひたすらに勉強を重ねるだけです。知能情報学コースを目指される方であれば,生半可な勉強量では競争に打ち勝つことはできないです。以下の流れでとにかく勉強を続けましょう。
最低でも5年分,できれば2008年度以降の過去問を眺めて各科目の出題傾向を掴みます。頻出のトピックとほとんど狙われないトピックの肌感を養うことが目的です。
良質な書籍と授業資料を用いて各科目の概要を把握します。過去問を眺めて出題傾向を把握した上で授業資料を理解することができれば,出題範囲の大部分を把握することができます。ただし,科目全体としての網羅性には欠けてしまいますので,1〜2冊は良質で網羅的な書籍を用いて科目を俯瞰するようにして下さい。科目全体という高い視点から頻出の科目を眺めることで,新たな気づきを得ることもあります。
知識は頭で理解しただけでは身につきません。実際に問題演習を通して知識を使うことによって,はじめて知識が血となり肉となります。各科目の全体像を把握した上で,実際にどの部分の知識を使うのかという部分の練習を積んでいきます。
使えるようになった知識を過去問用に最適化します。当日試験問題を解けなければ意味がありません。過去問は何にも代えられない最も良質な演習問題です。
過去問だけを回していると答えを覚えてしまい,本来使うべき思考回路を辿らない危険性があります。そこで,STEP2〜4を時間の許す限り繰り返すことによって,知識を知り,理解し,使う練習を重ねることが可能になります。ここでおすすめなのが,間違いポイント集を作ることです。極論,一度犯した間違いを二度と繰り返さなければ,最も効率よく成長することができます。
管理人は学部4年生当時,何を使って勉強すれば良いのか分かっていませんでした。良質な参考書を判断する能力すらなかったのです。そこで,管理人は図書館の本棚に一日中張り付いて,選択した科目に関連するほぼ全ての書籍に目を通しました。その結果,自分が本当におすすめできる書籍が見つかりました。そこで,以下では院試対策におすすめの書籍を厳選して紹介します。
数学と統計学は,マセマ出版によるキャンパス・ゼミシリーズ,もしくは小寺本から始めるのがおすすめです。いずれも初学者に優しく,学部レベルの内容を手っ取り早く最短で身につけるのに最適な書籍です。マセマは怪しい書籍だと思われがちですが,中身は意外としっかりしていて,キャッチーかつある程度の正確性を担保した書籍の中では最高峰ともいえるでしょう。マセマは通常版と演習版がありますので,両方取り組むことをおすすめします。通常盤の問題と演習版の問題に重複する部分もありますが,マセマを繰り返し取り組めば基本的な問題を解けるようになるはずです。小寺本は小寺平治先生による明解演習シリーズのことを指しており,演習書籍としては名著中の名著です。小寺本は管理人が社会人になってから出会った書籍ですが,今ではスタメン入りをしており,マセマは参照していません。ただし,小寺本は漢字に旧字体を用いていたり,解答解説が簡略すぎたりするため,合う人と合わない人を選ぶ書籍である点に注意が必要です。
管理人は社会人になってから古典的な教科書を読むようになりました。具体的には,線形代数であれば齋藤本・川久保本・松坂本,微分積分であれば杉浦本・松坂本,統計学であれば竹村本・久保川本です。合格体験記の中にはこれらの古典書を参考書として挙げているものもありますが,当サイトとしてはおすすめしておりません。たしかに,これらの書籍を完璧にすれば間違いなく合格できる能力を身につけることはできますが,学生さんが限られた時間の中でこれらの書籍を読みこなすのは厳しいと考えています。管理人が当サイトで記事を書く際はこれらの書籍を参照していますが,院試対策という文脈においては下記で紹介する書籍を用いることをおすすめします。
数学
学部レベルの数学を網羅的に学習するのに最適な書籍です。大学数学の書籍は問題演習が少ないものが多いですが,本書は演習問題がAレベルとBレベルで分けられていて,その解説も非常に詳しいです。さらに,本書で特筆すべきは的確で本質を捉えた筆者の指摘です。他の書籍では見たことのないほどの筆者の毒舌は,本書最大の魅力です。一方で,確率統計の解説及び演習問題が少ないという点が欠点です。下で紹介する統計学の良質な書籍を参考にして下さい。
固有値の定義が分かっていれば解ける問題である。ところが、実際に口頭試問などで受験生に質問してみると、固有値と固有ベクトルの定義が正確にいえる者は案外少ない。「正方行列Aの固有値の定義は何ですか」と問うと、「特性方程式$f_{A}(x)=0$の根です」という答えが返ってくることがあるが、これは(かなり善意に解釈したとしても)「定義」とは言い難い。このような受験生は、しかし、往々にして、例題2.1のような対角化の問題をすらすら解くことができる。これは、その受験生が、対角化の問題の「魔法」を一つの「手続き」として身につけていることを示唆する。固有値が何物であるかは知らなくても、それが計算できればよい。このような便宜主義的な態度によって身につけた知識は、残念ながら、非常に脆弱である。
『詳解と演習大学院入試問題〈数学〉: 大学数学の理解を深めよう』より一部改変
線形代数
マセマの線形代数は,知能情報学コースで毎年問われる傾向にある行列の$n$乗の解説と演習が非常に詳しいです。通常版と演習版をそれぞれ最低3周はしましょう。
小寺本の明解演習シリーズです。院試のレベルに対してややオーバーキルではありますが,掲載されている問題は非常に良質です。個人的にはマセマよりもおすすめです。
微分積分
マセマの微分積分は,知能情報学コースで毎年問われる傾向にある偏微分を用いた最大最小問題と重積分を用いた求積問題が非常に詳しいです。一方で,$\epsilon$-$\delta$論法は問われる可能性はほぼありませんので,飛ばしてもらっても問題はありません。通常版と演習版をそれぞれ最低3周し,3周目でも間違えた問題はノートにまとめておきましょう。
小寺本の明解演習シリーズです。線形代数同様に,院試のレベルに対してややオーバーキルではありますが,掲載されている問題は非常に良質です。個人的にはマセマよりもおすすめです。
アルゴリズムとデータ構造
アルゴリズムとデータ構造は非常に範囲が広大な学問ですが,知能情報学コースで狙われやすいトピックは決まっています。計算量・再帰・探索・ソート・動的計画法・基本的なデータ構造が問われやすく,Union-Findや最小全域木問題,ネットワークフローは問われる可能性は限りなく低いと考えられます。アルゴリズムとデータ構造の位置付けは,あくまでも情報学基礎という科目ですので,ごく基本的な内容を問われると考えてよいでしょう。
したがって,上で紹介した書籍を全て読む必要はありません。過去問分析で頻出のトピックに当てはまる部分だけを読めば十分です。ただし,注意しなくてはならないのは,頭で理解するだけでなく必ずアルゴリズムは実装できるようになる必要がある点です。ほとんど毎年,何かしらのアルゴリズムの擬似コードが出題されています。必ず一度は好きな言語で各種アルゴリズムを実装しましょう。
勉強の順番としては,まずは知能情報学コースの宮崎先生が執筆されているアルゴリズム図鑑を読むとよいです。人によっては簡単すぎると感じられるかもしれませんが,イラストの色使いや可視化方法は初学者にとっては親しみやすく,最低限の知識を付けることができます。次に,大槻さんと秋葉さんの書籍で各論を整理します。C++が使える方は,このタイミングで実装を試してみてもよいでしょう。より実装面を強化したい場合であれば,競技プログラミング界隈で有名な蟻本に取り組むとよいでしょう。これらの書籍のうち上述の頻出トピックに取り組めば,ほとんどの問題を解けるようになるはずです。
統計学
上で紹介した「詳解と演習大学院入試問題〈数学〉: 大学数学の理解を深めよう」では確率統計の解説と演習が不足しています。そこで,線形代数や微分積分同様に,マセマを用いるとよいでしょう。通常版と演習版をそれぞれ最低3周し,3周目でも間違えた問題はノートにまとめておきましょう。マセマの統計学は2020年7月に確率統計というタイトルに変更されましたので,購入の際はご注意下さい。知能情報学の統計学では,区間推定と検定の問題が頻出です。これらを対策するのに最適な書籍は,培風館の統計学演習です。他の書籍には見られない網羅性と豊富な演習問題が用意されています。
小寺本の明解演習シリーズです。線形代数や微分積分と同様に,院試のレベルに対してややオーバーキルではありますが,掲載されている問題は非常に良質です。個人的にはマセマよりもおすすめです。
機械学習
機械学習の名著といえばパターン認識と機械学習,通称PRMLです。しかし,PRMLは院試で問われるレベルを大きく逸脱してしまい,対策としてPRMLを読み進めるのはオーバーキルといえます。そこでおすすめしたいのが「わかりやすいパターン認識」と「はじめてのパターン認識」です。前者は「わかパタ」,後者は「はじパタ」と呼ばれています。わかパタは2冊+$\alpha$で構成されますが,はじパタは1冊から構成されます。これらはPRMLよりも初学者向きで,内容も正確で誤魔化さずに機械学習を解説しています。両方とも読み進めると得られる知識が重複する部分が多いため,書店などで中身を確認して自分に合うと感じられるシリーズに着手するとよいでしょう。参考までに,わかパタとはじパタの比較表を載せておきます。
- ニューラルネットの導入
- 識別面の設定
- 部分空間法
- 機械学習の俯瞰
- バイアスとバリアンスの説明
- 識別機の評価
- フィッシャーの線形判別法
- サポートベクトルマシン
- 問題演習がない
- 誤植が多い
わかパタの方が章の構成が丁寧でコラムも充実している一方で,はじパタは誤植が多くわかパタよりもやや硬派な書きっぷりであることから,個人的にはわかパタ派です。一方,わかパタには演習問題がついていませんので,他の書籍で賄うしかありません。そこでおすすめできるのがコロナ社の入門パターン認識と機械学習で,豊富な問題演習を行うことができます。最近は深層学習に関する出題も増えていますから,ゼロから作るシリーズの第一弾を読むと最低限の知識を付けることができます。
情報理論
情報理論の教科書といえば今井先生の情報理論ですが,院試対策としてはオーバーキルです。より初学社向けの書籍を選んで,着実に知識を習得しましょう。森北出版のはじめての情報理論は,抽象的になりがちな情報理論で登場する概念を分かりやすくコンパクトにまとめた書籍です。オーム社の情報理論のエッセンスは定理の証明を中心とした解説が特徴的です。はじめての情報理論で全体像を把握した後に,情報理論のエッセンスで数学的な背景を学ぶとよいでしょう。Web上の資料としては,2004年度から2019年度に京大情報学科の情報理論の授業を担当された西田先生の講義スライドとノートが非常に参考になります。自分も院試対策でお世話になりました。
信号処理
信号処理の勉強は,必ずやる夫で学ぶディジタル信号処理から読み始めて下さい。鏡先生のご厚意でWeb上に無料公開されている超良質な資料です。タイトルからも推測できる通り,資料の語り口は初学者向きで,信号処理を学び始める人にとっては最適と言えます。東北大学の4年生向け講義の補足資料として執筆を始められたということもあり,Web上の資料でありながらも,内容の正確性も担保されています。管理人も院試対策で全ページを印刷し,バインダーで留めて一冊の本を作っていました。
しかし,やる夫で学ぶディジタル信号処理では問題演習がないことに加え,実践的な知識を得ることができません。そこで,特に知能情報で狙われやすいトピックに絞って演習問題を行いましょう。知能情報の信号処理は,$z$変換,FFT,ディジタルフィルタの設計,標本化定理がよく問われます。$z$変換を対策するためには,コロナ社の例解ディジタル信号処理入門が最適です。FFTとディジタルフィルタの設計を対策するためには,日本理工出版会のディジタル信号処理が最適です。標本化定理を対策するためには,電子情報通信学会のディジタル信号処理の基礎が最適です。少し出題傾向から逸れますが,信号処理における相関係数の扱いに関して対策するためには,コロナ社の信号処理入門が最適です。以下にまとめておきます。
- z変換:例解ディジタル信号処理入門(コロナ社)
- FFT/ディジタルフィルタ:ディジタル信号処理(日本理工出版会)
- 標本化定理:ディジタル信号処理の基礎(電子情報通信学会)
- 相関係数:信号処理入門(コロナ社)
志望理由書準備
直接的な配点はなされてはいないものの,願書を提出するためには志望理由書を記述する必要があります。試験本番では一部の人に面接が課される場合がありますが,その際はこの志望理由書に基づいた質問がなされるものと推測されます。そのため,特に外部から知能情報を狙われる方にとって,この志望理由書のクオリティは重要な要素になってきます。当サイトでは,知能情報学コースを目指される皆様を応援するため,簡単な志望理由書の添削サービスを用意しております。ぜひご活用下さい。
過去問で仕上げ
蓄えた知識は過去問を解くために存在します。我々の目的は知能情報学コースに合格することであることを忘れてはなりません。ただ勉強しただけでは合格することはできず,身につけた知識を「過去問を解く」という目的関数を目指して最適化していく必要があります。当サイトでは,知能情報学コースを目指される皆様を応援するため,簡単な学習サポートサービスを用意しております。ぜひご活用下さい。
おわりに
京大情報学研究科の知能情報学コースは,周りのレベルの高さはもちろんのこと,学生に対する教育体制や授業の質など,申し分ない教育環境が整えられていると思います。管理人は知能情報学コースに入学することができ,本当に幸せでした。
管理人が知能情報学コースを目指そうと決意したのは,学部4回生の春頃だったかと思います。決意はしたものの,周りに助けを求める人が全くおらず,まさに暗中模索の院試対策でした。過去問を見たときに,各問題がどの科目に対応しているのかが全く分からないレベルからのスタートです。信じられたのは勉強することだけで,暇さえあれば何かしらの勉強をしていました。トイレの中でフーリエ変換の導出を確認し,食事中に単語帳を暗記し,お風呂の中でスピーキング練習を行いました。これは本当に発狂しそうな体験で,誇張なく人生で一番しんどい半年でした。しかし,月並みな言葉ですが,今の自分を形作っているのは大学院で過ごした二年間だと感じております。
皆さんには必要以上の辛い経験はして欲しくないという想いから,管理人の経験をもとに知能情報学コースへの入試対策をマンツーマンでサポートするサービスを2019年に立ち上げました。具体的には,過去問解答解説の販売や適切な勉強方針の策定,志望理由書の添削等を行なっております。恐縮ながら一部有料とはなりますが,皆さんの充実した大学院生活のため全力でお力添えしたいと考えておりますので,極力コストを下げております。詳しくは,以下のページをご覧ください。
コメント
コメント一覧 (4件)
こんにちは、データサイエンス専攻に応募したいと思っています。 私の現在のTOEFL英語スコアは79です。 このスコアで十分ですか? 英語以外の科目の合格者間の得点差が非常に小さいかどうかはわかりませんから。 82以上を目指してみるべきでしょうか? (失礼だったら大変申し訳ありませんが、日本語があまり上手ではないので、通訳を使いました。)
シャオさん
ご相談ありがとうございます。
少々プライベートな話もあるかと思いますので、メールにて続きのご相談を承りますね。
すみません、もし私が脳情報科学の実験室を記入したら、私の英語と筆記試験は全部で何点必要ですか?現在、私のTOEFLの成績は84点です。
ご連絡ありがとうございます。
メールにてご回答差し上げます。