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【読書記録】経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える

基本情報

タイトル経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える
著者角野 然生
出版社光文社
発売日2024年05月15日
ページ数240ページ

はじめに

私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

概要

感想

本書は元中小企業庁長官の著者により,中小企業に対する伴走支援を地方や全国に展開するためのフレームを解説する書籍である。『心理学に学ぶ鏡の傾聴』でも述べられている通り,傾聴とは本来「相手を動かそう」として行うものではない。そのため,本書の主題は一見,傾聴の原理原則には反しているともいえる。しかし,傾聴がこれほどまでに世の中に広まったのは,傾聴の持つ実践的な側面が注目されたからに他ならない。原理を重んじることも大切だが,本書のように実用的な側に光を当て,日常で活用しやすくした書籍もまた,十分に価値があるものと考えられる。ただ個人的には,タイトルに「傾聴」と入れている割には傾聴の本質に踏み込んだ記述は少なく,どちらかというと地方創生や経済復興の手段を説くことが主目的の書籍であるように感じた。

本書は一貫して,中小企業が潜在的に持っている力を引き出すためには,対話と傾聴が不可欠であるという立場を貫いている。これは『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』が提唱する本質と同じといえる。すなわち,人間が本来備えている「生命的叡智」を信じて聴き続けることが傾聴の根幹であるならば,その集合体である組織や企業にも同様の叡智が宿っていると解釈できる。いわば,支援対象の内発的動機付けを促すためのアプローチに他ならない。

中小企業の伴走支援においては,対話や傾聴と並んで「課題設定力」も重要な概念となる。従来の支援が,すでに決まった課題に対して解決策を提示するだけだったのに対し,著者の提唱する伴走支援は,現場に深く入り込んで課題の定義そのものから着手する。そこには,本人や組織自体の変容なしには解決できない「適応課題」が多く含まれており,真の課題を特定すること自体が支援の成否を分ける。

著者の思想的な原点は,東日本大震災の復興支援における体験にある。国側の立場で支援に赴いた著者は,原発問題などの影響もあり,当初は地域住民から厳しい目で見られていたという。しかし,チームの理念として以下に示す5箇条を掲げ,累計3万件を超える現場行脚を通じて真摯に耳を傾け続けることで,失われた信頼を少しずつ回復させていったのである。

  • 被災者の立場に立って取り組む
  • とことん支援する
  • 聞き役に徹する
  • チームワークを大切にする
  • 地域の復興への高い志を持つ

確固たる信頼関係を基盤に,粘り強く対話と傾聴を重ねた結果,経営者のマインドセットが「自分がやらなければ」という主体性へと変わる瞬間が訪れたという。これこそが,現場での実践を通じて見出された「伴走支援」の真髄である。総じて,中小企業に対する真の伴走支援とは,永続的な介入によって依存体質を固定化することではない。むしろ,支援がなくても自律的に動き続ける「自走」のサイクルを確立することに主眼がある。経営者は,本来的に自己変革を続ける潜在的な力を秘めているはずなのだ。


伴走支援においては,単なる「課題解決型」のアプローチにとどまらず,「課題設定型」の支援が求められる。氷山の一角として現れている表層的な事象だけでなく,水面下に隠れた本質的な課題に着目しなければならない。こうした課題の深層には,往々にして互いの足を引っ張り合う人間関係の不和が横たわっている。このように,組織内の対人プロセスに起因するパフォーマンスの減衰を「プロセス・ロス」と呼ぶ。中村和彦氏は,社会心理学者のアイヴァン・スタイナーが提唱した以下の関係式を引用し,その構造を詳述している。

  • 「実際の生産力」=「潜在的な生産力」ー「プロセス・ロス」

プロセス・ロスを具体化すれば,創業家や古参社員に対する過度な忖度,そりの合わない幹部社員の存在,あるいは新しい挑戦を阻むような排他的な組織風土などが挙げられる。こうしたプロセス・ロスを最小化し,組織が本来持っている生産性を損なわないためには,組織内で「対話と傾聴」を習慣化し,心理的安全性の高い風土を醸成していくことが不可欠である。


多くの傾聴に関する書籍では,話すことよりも「聴く」ことに重きが置かれているが,伴走支援の場においては「話す」こともまた重要なアクションとなる。これは,傾聴によって引き出された相手の具体的な情報を,客観的な文脈で再定義し,本人にフィードバックするプロセスである。

具体的には,相手の言葉を一段高い抽象度で捉え直したり,同等の具体性を持ちつつもより普遍的な意味を持つ言葉に置き換えて伝えたりする。この「概念化」を伴う対話こそが,相手に新しい視点を与え,深い「気づき」を引き出すトリガーとなるのである。

具体と抽象の往来の中で,話し手(この場合は経営者)が自己を客観化し,内省の質を上げ,新たな自己発見に導いていくプロセスこそ「対話と傾聴」の本質ではないでしょうか。そして,これこそが自己変革プロセスの核をなすものと思います。

『経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える』p.85より引用

ただし,この「話すことは相手に何らかの気づきを与える行為である」という主張の受け入れには,少し注意が必要だ。『「ねえ,私の話聞いてる?」と言われない「聴く力」の強化書』では,「傾聴が相手に気づきを与えるというのは誤解である」とはっきり述べられているからだ。本来の傾聴は,聴き手が意図的に介入して相手を変えようとするものではない。

しかし,本書が目指しているのは臨床心理的なカウンセリングではなく,あくまでビジネスにおける「伴走支援」の最適化である。したがって,本書における傾聴は,学術的な定義とは切り離し,実務に即したメソッドとして解釈するのが妥当だろう。


伴走支援において焦点を当てるべきは,既存の知見で解決可能な「技術的問題」ではない。むしろ,問題の定義自体が曖昧で,既存の解法が通用しない「適応課題」である。この適応課題を乗り越え,組織の変容を促すためには,経営者は次に挙げる「5つの壁」を克服しなければならない。

  1. 見えない
  2. 向き合わない
  3. 実行できない
  4. 付いてこない
  5. 足りない

支援の形態は,クライアントが持っていない高度な情報やサービスを提供する「専門家型」,専門家が診断と処方を行う「医師ー患者型」,そして支援者がコミュニケーションのプロセスそのものに焦点を当てる「プロセス・コンサルテーション」の3つに大別される。伴走支援の真髄は,この「プロセス・コンサルテーション」を軸に据え,複雑に絡み合った適応課題にアプローチする点にある。

ただし,実効性を高めるためには,適応課題への深掘りと並行して,目に見える「技術的問題」を解決していく場面も少なくない。あたかも「玉ねぎの皮を剥く」ように,表層的な技術的問題を一つひとつ片付けていく過程で,ようやく中心にある本質的な適応課題が姿を現すからである。

これらの背景を踏まえ,伴走支援は以下の「8つのステップ」を経て展開される。もっとも,このプロセスは 1.から 8.まで一直線に進むわけではない。実際の現場では,各フェーズを行き来したり循環したりしながら,非線形に深まっていく動的なプロセスである。

  1. 会社の状況把握
  2. 信頼関係の構築
  3. 対話と傾聴
  4. 敬意,共感と問いかけ
  5. 裏課題の把握と従業員の巻き込み
  6. 変曲点(気づきと腹落ち)
  7. 内発的動機づけと「潜在力」の引き出し
  8. 自己変革と自走

著者は後半,自身の経験をもとに伴走支援をパッケージ化する手法について触れている。しかし,その内容は過去のエピソードが中心であり,肝心の仕組み化についてはガイドラインの策定や学習サイクルの確立といった一般的な記述にとどまっているため,ここでは割愛する。

また,伴走支援が地域再生の有力な切り札になり得るという点についても,多くの文献を引用したレポート形式で詳述されている。地方問題の本質を学術的に俯瞰するには有用だが,本書のメインテーマである「対話と傾聴」という軸からはそれるため,こちらも本稿では省略したい。

最終章で著者は,伴走支援の価値を改めて力説している。繰り返すが,伴走支援とは中小企業の経営者が本来持っている「アニマル・スピリッツ」と,イノベーティブな組織風土を呼び覚ますためのフレームワークである。バブル崩壊後の日本経済は,ミクロ(現場のプロセス・ロス)とマクロ(硬直化した雇用や取引関係)の両面で出口のない沼地にはまっていた。著者は,この2つの階層をつなぎ,自己変革を促す触媒こそが「対話と傾聴」であると説く。これまでのトップダウンによる演繹的な政策ではなく,内発的動機付けを重視したボトムアップで帰納的な「プロセス・コンサルテーション」こそが,今求められているのである。

最後に,筆者による本書を代表するようなメッセージで締めたいと思う。

私たちは,もはや技術的問題への対応の不備を批判して他責とするのではなく,自分自身が変わらなければならない適応課題がそこにはあるのだということを直視して一歩前に踏み出すことが大事だと思います。

『経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える』p.212より引用

参考文献

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