はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報
| タイトル | 「ねえ、私の話聞いてる?」と言われない「聴く力」の強化書 |
|---|---|
| 著者 | 岩松 正史 |
| 出版社 | 自由国民社 |
| 発売日 | 2021年08月23日 |
| ページ数 | 256ページ |
概要と感想
本書は『心理学に学ぶ鏡の傾聴』の姉妹書であり,よりキャッチーに傾聴が解説されている。私はもはや岩松氏のファンであり,本書も非常に納得度高く読み進めることができた。『心理学に学ぶ鏡の傾聴』と比べると体系立てられてはいないものの,傾聴の本質のみにアプローチする気概を感じる内容だった。
傾聴とは「そのまま受け止めて支える」ための聴き方のことを指す。相手との共通点を探して仲良くなることでも,相手を無視することでもない行為である。ロジャーズが提唱した「来談者中心療法」をベースにした聴き方では,受容・共感・一致の3要素が重要だ。これらの3要素については『心理学に学ぶ鏡の傾聴』を参照されたい。その上で,筆者は傾聴を「聴き手自身が自分の心を傾聴できた分だけ,話し手の心の声を聴けるようになること。またはそのための技術」と定義している。
カウンセリングでは行動・認知・感情へのアプローチ方法があるが,傾聴では主に感情にアプローチする。行動はアウトプット,認知はインプットに焦点を当てた概念であり,いわゆる「アドバイス」と呼ばれるものは行動か認知にアプローチする代表的手法である。これが「傾聴においてアドバイスは不要」と言われる所以である。
心のバケツがいっぱいの状況では,アドバイスを受け入れる余裕はない。ロジャーズは,心のバケツに隙間を作る方法として傾聴が有効であると結論付けている。最終的にアドバイスによって相手が変容するか,相手自身の気づきによって変容するかは分からないが,いずれにしても傾聴によって心のバケツに隙間を作ることが大前提として必要なのであろう。行動や認知を変える前に,心のエネルギーから高めていくのが傾聴なのである。こちらが言いたいことであっても伝えず,その人の人生がより良くなることを願いつつも,その人の感じたことを大切に寄り添うことが,最大かつ唯一の支援になるときがあるのだ。
とはいえ,日常生活で常に傾聴し続けるのは体力が持たないだろう。筆者は「傾聴力のスイッチ」を自在に操ることで人間関係を豊かにしていこうと提言している。傾聴は,自分ができると感じたタイミング,必要と感じたタイミングで行えばよいのである。
筆者は「聴くこと」に対する誤解を挙げている。
- 「心を真っ白にして聴く」という誤解
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むしろ逆で,自分の感情のフィルターを自覚し,自分の感覚ではなく相手の支えになる形で関わることを目指す。『プロカウンセラーの共感の技術』では「感じることは努力するものではない」と書かれていたが,一見本書は反対のことが書かれている印象がある。しかし,『プロカウンセラーの共感の技術』では「頑張って感じるのではなく,感情に注意を向けるだけである」ことを伝えたいのであり,本書でも「自分が何を感じているのかについて敏感になることをおすすめする」と書かれている。本質的には同じことを伝えたいのだろう。
- 「傾聴は相手の気付きを与える」という誤解
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これは私自身ずっと誤解していた内容である。傾聴する行為そのものが相手に気付きを「与える」ことはなく,傾聴とは「気付けずにいる人の心情に寄り添う」ものなのである。気付くかどうかは本人次第なのである。
- 「似た経験があると寄り添いやすい」という誤解
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これはよく理解できる。似た経験があると,共感ではなく同感してしまうためだ。なお,本書では同感を「賛成か反対」と表現している。
- 「話の内容をちゃんと覚えていないといけない」という誤解
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これも理解できる。話し手が求めているのは事柄の理解ではなく気持ちの理解だからだ。なお,事柄の理解ができなくても気持ちの理解はできると筆者は述べている。
- 「話が上手に聴けない自分はだめだ」という誤解
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「聴き方」は学校や会社で教わるものではない。普通の人は「聴き方」は上手くなくて当然なのだ。
一般会話と傾聴の違いをよく理解することが大切である。一般会話の中心は「話題」だが,傾聴の中心は「話し手」である。一般会話はある話題に対して話し手が従属する関係にあるが,傾聴ではあくまでも話の中心は話し手であり,話題がたまたま挙がっているだけという関係として整理される。

話題は単なる例文に過ぎない。大切なのは,話し手にとってその話題をどう思っているか,どう感じているかである。たとえ話題について無知であったり,興味がなかったりしても,話し手の気持ちに着目すれば興味を持って聴くことができるようになるはずだ。一般会話でいう「分かる」とは事柄が分かることを指すが,一方で,傾聴でいう「分かる」とは話し手の気持ちが分かることを指すのである。
傾聴を行う上で,傾聴の目的と結果を混同しないように注意する必要がある。傾聴の目的は「よき理解者になる」ことであり,その結果として相手を喜ばせたり,何かに気づかせたり,回復させたりすることができるのだ。この目的を達成するために,傾聴では様々な技術を用いることになる。筆者は傾聴の技術を次のように整理している。
- うなずき・あいづち
- くり返し
- 伝え返しによる確認
- 質問
- 違いをわかりあう聴き方・伝え方
- その他(沈黙への対応など)
うなずき・あいづちでは,相手のテンションに合わせて聴き手のテンションも「一緒に踊る」ように合わせていく必要がある。くり返しでは,事柄をくり返すのではなく気持ちをくり返す。相手が落ちているときは,釣り糸で引っ張り上げるのではなく一緒に落ちる。

傾聴では,自分と自分との関係が良好であることが不可欠である。自分の気持ちが落ち着いていない人が,他人の気持ちを落ち着かせることは不可能だからだ。そのため,自分の心が何に反応し,何に反応しないのかという「心の動きの癖」を知る必要がある。また,怒りという感情は,自分自身で選択しているものである。何かに対して憤ったとき,つい「〜のせいで」と言いたくなるが,自分が怒ると決めない限り,怒りは生じない。怒るかどうかを決める選択もまた,自分の中にあるフィルターの一種であるといえよう。
自分のマイナス面に目がいってしまう人は,他者と出会ったときにもまず相手の欠点が目についてしまう。このように,自分に対する見方と傾聴には深い関わりがある。自分自身が楽な状態でいることで,自らの至らなさにも寄り添える優しい人間になることができ,結果として相手を傾聴できるようになるのである。マイナスを排除するのではなく,マイナスがあるという「ありのままの自分」を素直に認めた上で,プラスを増やしていく「本物のプラス思考」を身につけるとよい。自分を尊重できる人は,自然と他人のことも尊重できる,あるいは尊重したくなるものなのだ。
私自身,これまでかなりストイックに精進する期間が長かったように思う。自分への言い訳など,自ら許したことはほとんどなかった。しかし,傾聴ではありのままの自分を受け入れることで,ありのままの相手をも受け入れることを目指す。自分に対する言い訳さえも認めてあげなければ,相手の話を真に聴き切ることはできないだろう。最近,私は自分自身の言い訳を聴いてあげるようにしており,随分とお金の使い道が派手になったことはここだけの話である。

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