【読書記録】心理学に学ぶ鏡の傾聴

目次

はじめに

私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報

タイトル心理学に学ぶ鏡の傾聴
著者岩松 正史
出版社翔泳社
発売日2024年06月24日
ページ数240ページ

概要と感想

私がこれまで読んできた傾聴に関する書籍の中でも,本書は最も深くその本質を解説している一冊であると感じている。多くの書籍が「人を動かす方法」や「話を聴くためのテクニック・ノウハウ」の解説に終始するなか,本書は傾聴の歴史や最新の知見を取り入れた上で,その原理を非常に分かりやすく紐解いている。

第1章から第2章にかけては,昨今の流行により情報が溢れかえった結果生じている「傾聴迷子」へのメッセージが綴られている。断片的な学習経験しかなかったり,一貫した指導を受けていなかったり,あるいは他人の意見をうまく聞き流せなかったりする人は,傾聴迷子に陥りやすい傾向があるという。

この迷いから脱却するためには,「自分軸で聴くこと」「効果的な学習法で学ぶこと」「傾聴を正しく知ること」の3点が重要だと説かれている。個人的には,最初の「自分軸で聴く」という考え方が,傾聴に求められる共感や受容とは相反するように感じられ,非常に驚かされた。しかし読み進めるうちに,その真意に深く納得することができた。

他人軸で聴いていると,「話し手が喜べば成功」「笑顔になれば成功」といった具合に,無意識のうちに相手をコントロールしようとする聴き方になってしまうのだ。ポジティブな反応を求めてしまう背景には,聴き手自身の「嫌われたくない」「役に立つ人間だと思われたい」という自意識過剰な心理が潜んでおり,これが傾聴迷子を助長する。対して「自分軸」とは,「自分も相手も価値は等しい」という対等な視点に基づいている。この軸を持つことで,話し手の反応に一喜一憂することなく,ただひたすらに共感・受容を貫くことが可能になるのである。

傾聴の効果は次の3つであると述べられている。

  1. 話す効果(カタルシス効果)
  2. 理解される効果(ワカルシス効果 ※筆者による造語)
  3. 自立が促される効果(話し手自身が自分を傾聴できるようになること)

1.から3.にかけて効果が高度なものになっていると私は理解しており,傾聴の目的は「話し手自身が自分を傾聴できるようになること」であると整理できる。


傾聴では5つの鏡が使われるという。

  1. 体験の鏡
  2. 確認の鏡
  3. 内省の鏡
  4. 関係の鏡
  5. 態度の鏡

多くの書籍でも解説されている通り,傾聴では話し手をそのまま受け入れ,話し手と同じ体験をするように聴くことになる。これを体験の鏡と呼ぶ。話を聴いていると,聴き手自身の意見や好みによるフィルターがかかってしまうことが多々あるが,「私がどう思うか」ではなく「あなたはそう思うのだな」と捉える必要がある。

次に,聴き手の体験の鏡を,そっくりそのまま話し手に映し返す。これを確認の鏡と呼ぶ。テクニックでいうところの「繰り返し」や「伝え返し」に該当するものであり,「あなたはそう思っているのですね」と伝える必要がある。

聴き手から言葉を返されると,話し手は「その通りだ」あるいは「いや,少し違う」といったように,自然と自己との対話を始める。つまり,話し手は聴き手から映し出された確認の鏡を,自分自身の心の鏡に映し出して内省をするのである。これを内省の鏡と呼ぶ。内省が起きているとき,話し手は自分自身を傾聴している状態にある。確認の鏡で体験の鏡を正確に映し出せていないと,内省の鏡に歪みが生じてしまうため,傾聴では話し手をそのまま受け入れることが不可欠であることが分かる。

また,聴き手が「この人は常識がない」や「自分よりすごい人だ」と感じるように,話し手が聴き手自身の内面を映し出す鏡となることを関係の鏡という。筆者は師匠から「人と出会うことは,自分と出会うこと」と言われていたそうだが,人と向き合っていると自分の本心が相手に映し出され,おのずと見えてしまうのである。関係の鏡の存在を認識していないと,聴き手は自分の感情に揺さぶられ,確認の鏡で話し手の話をそのまま返せなくなってしまう。

聴き手が緊張すれば話し手も緊張し,聴き手がポジティブであれば話し手もそうなりやすい。このような関係を態度の鏡と呼ぶ。ここで注意すべきなのは,「ネガティブな話を聴くと,話し手がさらにネガティブにならないか」という心配である。筆者によれば,このケースで不安を感じているのは実は話し手ではなく聴き手の方であり,聴き手自身がネガティブに染まらないか心配になっているだけ(投影)なのだという。話し手は聴き手がネガティブを受け止めてくれないと感じた瞬間にそれ以上は話さなくなり,傾聴は成立しなくなる。聴き手は話し手と同じ位置まで落ち切って話を聴く必要があるが,それには覚悟が必要であるため,「聴けるときに聴く」というスタンスを大切にしたい。


そもそも傾聴とは,アメリカの心理療法家カール・ロジャーズが1940年代に提唱した「来談者中心療法」をベースとするコミュニケーションの一形態であり,その特徴として「一致」「受容」「共感」の3要素が挙げられる。

一致とは,「私が,私であることをそのまま認める」ことである。自分が認識している自分(自己概念)と,実際の自分(経験)の重なりが多いほど一致の度合いは大きくなり,自己矛盾が解消されていく。例えば,「聴いている最中は自分の意見を言ってはいけない」という思い込みと,「自分の意見を言いたい」という本音の矛盾を放置していると,一致の度合いが小さくなり,聴き手は強いストレスを感じてしまう。

一致の度合いを高めるためには,傾聴のトレーニングを積んで「経験」を「自己概念」に近づけるか,あるいは「うまく聴けない自分」を受け入れて折り合いをつけ,「自己概念」を「経験」の側に近づけていく必要がある。ロジャーズは,これら3つの要素の中でも,この「一致」が最も大切であると主張している。

受容とは,「あなたが,あなたらしくある様子を,そのまま眺めている」ことである。語源は「Unconditional Positive Regard」であり,「無条件の肯定的配慮」と訳されることもある。しかし,「肯定」を「同意・賞賛」と誤解したり,「配慮」を「気を遣う・忖度する」と誤解したりする可能性があるため,注意が必要だ。受容とは,賛成などの意思を表示することではなく,温かく「そうだなぁ」と無評価・無判断・無選択に眺めている態度のことを指すのである。

共感的理解は,一般的に「共感」と略されることが多いが,その本質は「相手と同じ感覚を持って,相手をそのまま理解する」ことにある。話し手の価値観や感覚,すなわち物事の受け止め方を決めている基準である「準拠枠」を通して相手を理解する状態を指す。優れた傾聴とは,その人の準拠枠「を」理解することであると同時に,その人の準拠枠「で」物事を理解できるように聴くことなのだ。

また,共感は「あなたは〜なのですね」と言葉を伝える行為(Doing)と捉えられがちだが,本来は「あなたは今まさに,そのように感じているんだなぁ」と聴き手が自身の内で感じている状態や態度(Being)を指す。例えば,「私があなたの立場ならこう考える」という捉え方は,聴き手自身の準拠枠で話し手を判断しているため,共感には当たらない。共感とは「わたし」ではなく「あなた」を主語とする,温かいまなざしを伴った客観的な理解なのである。

辞書で共感を引くと「他人の意見や感情などにその通りだと感じること」とあるが,これは共感ではなく同感である。


傾聴の基本的なスキルにあいづちがあるが,それは「そうですよね」という同感ではなく,「(あなたにとっては本当に)そうなんですね」という共感を表現するものでなければならない。また,聴き手は話し手と同じ声色,声の強さ,高さ,話し方,スピード,そして雰囲気を合わせる必要がある。これは一般にペーシングと呼ばれるが,筆者はこれを「一緒に踊るように」と表現している。

話し手の感情表現から傾聴の深さを確認するツールとして,EXPスケール(体験過程スケール)という指標がある。本書ではこれを発展させ,発話内容の感情レベルを「事柄→気持ち→感じ→感じの変化」と整理している。私自身もついやってしまいがちなのだが,事柄だけを聴いて傾聴した気になってはいけない。少なくとも事柄を踏まえた上で「気持ち」を聴き,さらには言葉にできない「感じ」に焦点を当てるべきである。最終的には,言葉にできない「感じ」が変化していく瞬間にまで意識を向けることを目指したい。

なお,「感じ」は「感情」とは異なるものである。「感情」は比較的明確で,外から見ても理解しやすいものである。一方で「感じ」とは,体の内側に生じる,微妙で言葉にはしにくい内面の感覚を指している。だからこそ,この営みを通じて「自分の内側の深いところに意識を向け,今までの経験をベースにものを考え,自分を語りながら自身を深く理解する」という,自己理解のプロセスが促進されるのである。


ロジャーズによる傾聴の歴史を遡ると,余計なことを言わずにただ聴いているだけの「非指示」が中心であった1940年代(第一期),一致・受容・共感が傾聴の3要素として確立された1950年代(第二期),そして体験過程と共感のプロセスに焦点が当てられた1960年代以降(第三期)に分けられる。巷に溢れる傾聴の知識は,第二期に立脚するものがほとんどであるが,私たちは第三期における傾聴の本質を理解するべきである。

体験過程とは,自分の「体験」を表現することで,自分の内面の「理解」を深めていく過程を示したものである。体験過程に基づく傾聴では,下記のようなフローで話し手の理解を促進することが望ましいとされている。

  1. 体験「子どもが部屋を片付けない」
  2. 表現「すごく怒っています」
  3. 内省(言葉と心を比較する…)
  4. 理解「怒っているというか呆れています」

また,ロジャーズは晩年,「うまくいっている人間関係の中には,共感という状態が必ず存在している」という自身の主張を,「共感とはプロセスである」という定義へと修正した。

体験過程は,単に過去の感情に気づいて癒されるためのものではない。今この瞬間の感覚に意識を向け,その意味を理解することで,未来を創造していくことができるという新しい視点を提供し,共感を「プロセス思考」へと変えたのである。共感とは,意図的に示すものではなく,対話のプロセスを通じて結果的に感じられるものなのだ。

  1. 話し手:何かを感じながら自由に自分の「体験」を話す
  2. 聴き手:話し手の「体験」に耳を傾けながら自然と浮かんでくる「感じ」を心に映し出す
  3. 聴き手:自分の心に映った話し手の気持ちを言葉で伝える
  4. 話し手:聴き手から映し返された言葉を受け止めて内省する
  5. 話し手:しっくりくるものに気づく
  6. 聴き手:話し手がしっくりこなければ,より実感に近い言葉を探し伝える
  7. 話し手:聴き手が修正した言葉を再度受け止め直し,2.に戻る

このプロセスに触れたとき,私は日本人で良かったという感慨を抱いた。日本語という言語だからこそ,共感をこのような深いプロセスとして発展させていくことができるのだと思う。プロセスとしての共感には,日本語で言葉にする際の奥ゆかしさや,人間関係の深みのようなものが通底しているように感じられる。

第三期の傾聴に基づけば,五つの鏡の定義も一部アップデートされる。まず「体験の鏡」は,従来のように「頭で理解したこと」を心の鏡に映し出すのではなく,話し手の体験を「追体験」したイメージを映し出すものへと進化する。

それに伴い「確認の鏡」も,単に「理解した内容」を繰り返すのではなく,「追体験した感覚」を言葉にして映し出すものへと変わる。これは,単なる「理解の確認」を目的としていた段階から,相手を分かろうとする「理解の試み」へと姿勢を変更することを意味している。

さらに「態度の鏡」は,従来のようにベクトルを他者のみに向けるのではなく,自分自身にも向けるように定義し直される。聴き手の態度が話し手自身に映ることを「態度の鏡」と呼んでいたが,聴き手自身が自分に対して受容的・共感的な態度でいられなければ,話し手の中に受容的・共感的な態度は芽生えず,内省も促進されない。自分を大切にすることが,結果として相手の内省を助けることになるのである。


多くの書籍では,「なぜ自分自身に対して受容・共感的な態度をとると,相手も受容・共感的になるのか」という点まで踏み込んだ説明はなされていない。しかし本書では,ミラーニューロンを引き合いに出してそのメカニズムを解説している。

他者の行動を見ているとき,まるで自分自身がその行動をとっているかのように模倣して活性化する神経細胞をミラーニューロンと呼ぶ。著者は,この神経細胞の働きこそが「自分の態度が相手にうつる」という原理の正体である可能性を示唆している。つまり,聴き手が自分自身を慈しみ,受容する態度は,ミラーニューロンを通じて話し手にも伝播し,それが話し手自身の自己受容や内省を促すきっかけとなるのである。

本書の終盤紹介されている傾聴のコアとなる考え方を引用し,本稿を締めたいと思う。

「聴き手は,自分を傾聴できる分だけ,他者を傾聴できるようになる」

これがロジャーズの最大の発見であり,傾聴の核心部分です。そして何より,20年間傾聴に携わってきた私の体験に基づく確信です。…人間関係はいつも,自分への態度が反映されて映し出されているだけのただの鏡なのです。

『心理学に学ぶ鏡の傾聴』p.162.166より引用

参考文献

翔泳社
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