はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報
| タイトル | 傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉 |
|---|---|
| 著者 | 中越 裕史 |
| 出版社 | 世界文化社 |
| 発売日 | 2025年03月13日 |
| ページ数 | 256ページ |
概要

感想
本書は,心理学をバックグラウンドに持たずにカウンセラーとなった中越氏が,傾聴に関する新たな概念である「ホープセラピー」を提案する書籍である。ホープセラピーとは,一言で表せば「生命的叡智を信じて聴くこと」である。筆者は傾聴の神様カール・ロジャーズに師事した畠瀬先生に学んでおり,ホープセラピーはカール・ロジャーズの理論をさらに発展させたものとして位置付けられている。
まず筆者は,本書の冒頭で次のように説明する。
本書は,あなたの「傾聴するこころ」を育て,人生を豊かにする本です。
ごめんなさい。すぐ使える「傾聴のテク」は紹介していません。
…傾聴は「人としての在り方」だと,僕は考えているからです。
『傾聴の極意』p.2より引用
ロジャーズによる傾聴は,相手の話を深く丁寧に聴いていくことによって,より良い人間関係を築き,話し手が自然と問題解決へと導かれていくようなものである。誰もが対等で,安心・安全な人間関係があれば物事はうまくいくことを心理学的に研究し,世界に広めた「静かなる革命家」としての功績がある。筆者の恩師である畠瀬先生はロジャーズのもとに留学し,直接ロジャーズ流のカウンセリングを学んだという。つまり,本書はロジャーズの「孫弟子」によって執筆されているということだ。
従来のカウンセリングでは,客観的に助言や指示を与えるのが一般的であり,それは医学や心理学といった科学的知見に基づいているがゆえに正しいとされてきた。しかし,ロジャーズは自身が設立したロチェスター相談所である母親からの相談を受けた際,「話を聴き続けることで自然に問題が解決していく」ことを実感した。これをきっかけに,カウンセリングとは専門家と相談者という上下関係ではなく,個人と個人の対等な関係に立脚するものであると悟ることになる。つまり,悩んでいる本人の中にこそ,問題を解決する能力が秘められていると考えたのだ。
この能力を引き出すためには,「自己一致」が必要である。自己一致については『心理学に学ぶ鏡の傾聴』でも述べられている通りだが,二つの気持ちの葛藤状態を解消して一致させることを指す。言い換えれば,「より純粋な自分自身になっていく」心の働きであるといえる。なお,葛藤に関する詳細は『精神科医が教える聴く技術』に詳しい。人間は本来,自分を責める生き物であるため,カウンセリングにおいては相手の奥底にある気持ちを引き出すための受容的な態度(共感的理解)が重要となる。相手の心の世界に興味や関心を持って理解しようとする姿勢,すなわち人間としての「在り方」が問われるのだ。
筆者は,ロジャーズが提唱したカウンセリングの三条件である「受容・共感・自己一致」を「愛」であると述べている。これらの要素の詳細は『心理学に学ぶ鏡の傾聴』に譲るが,ロジャーズの弟子である畠瀬先生も,カウンセリングには「愛」と呼べるような相手への深い受容が含まれていると述べている。
筆者は,カウンセリングの目的は「希望を取り戻すこと」であり,自分の中に眠っている希望に気づくセラピー「ホープセラピー」を提唱している。
「相談者がすでに持っているにもかかわらず,持っていることに気づいていない希望を,どうやって相談者に気づいてもらうか。そのための話の聴き方」が,ホープセラピーなのです。
…「カウンセリングとは自分で考え,自分のオリジナルの答えにたどり着くためのサポート」です。
『傾聴の極意』p.78.84より引用
多くの文献をあたっても,カウンセリングを「希望を取り戻すこと」と解釈するものは少なく,筆者は疑問に感じていたとのことだ。本書は以降,この「希望とは何か」について丁寧に説明がなされていく。
第二次世界大戦時にアウシュヴィッツ収容所に送り込まれたヴィクトール・E・フランクルは,著書『夜と霧』にて「人間は,希望があるから生きられる」と語っている。強制収容所ではクリスマス直後に大量の死者が出たが,これは多くの人が「クリスマスには大切な人のもとへ帰れる」という希望を持っていたことを裏付けているという。フランクルは『傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める』でも引き合いに出されており,傾聴がいかに人間の生と死に直結する概念であるかを思い知らされる。
ロジャーズは,薄日しか入らない地下室に置かれたジャガイモの芽が健気に成長する姿から,「すべての生き物は生まれながらに問題を解決する力,すなわち『実現傾向』を持っている」と考えたという。傾聴の場では,この実現傾向を発揮してもらうために,相談者にとって安心・安全な環境を作っていく必要がある。傾聴はそのための手段として位置付けられる。
これらの背景から,筆者は次のように説明している。「あらゆる生命体は心を持っているだけでなく,叡智と呼ぶべきものを持っている。これを『生命的叡智』と呼ぶことにする。人は生命全体で考えることを忘れ,頭でばかり考えるから悩み,迷い,苦しんでしまう。叡智を取り戻すことができれば,人生のあらゆる悩みを解決することができる」。この「生命的叡智」とロジャーズの「実現傾向」は,ほぼ同義であるといえるだろう。
筆者は,あらゆる生命体に「生命的叡智」があることを,次の事柄が裏付けていると説明している。
- 人間は夏になると塩っぽいものを飲み食いしたくなる
- ネズミも不足している栄養素をもったエサを選ぶ
- 大脳のないダンゴムシが迷路に入れられると,本来ジグザグ歩行する性質だが2回連続で同じ方向に曲がる
- 内臓を移植すると記憶も転移する
- 単細胞生物にも知性があるという研究がある
- 皮膚が第三の脳であるという研究がある
- トマトは昆虫に襲われるとにおいで数百メートル先の仲間に知らせを発する
筆者の実体験として,畠瀬先生にかけられた「あなたのようなカウンセラーがいてくれてよかったわ」という言葉に救われたというエピソードがある。これは,自分の中に眠る「大学院も出ず資格も持たないまま本を出版した,実力の伴わない自分がカウンセリングなどできるのか」というコンプレックスを包み込むように受容し,自分でも気づかなかった感情を言語化してくれたからこそ,深く心に刺さったのだという。これはまさに,『傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める』で説明されている「スピリチュアルペイン」の解消そのものであるといえるだろう。
相手に「生命的叡智」があることを信じるカウンセリングを行うために,筆者は次のことを意識しているという。
- ネガティブな感情を出し切ってはじめて希望が見える
- 相談者の中に隠れた「光」を見つける
- 一滴の嘘も混じっていない促進的な言葉は,人に希望をもたらす
- 身近な人の悩みを聴くときは自分を守る
- 「なんで」ではなく「その気持ちはどこから来ているの」という問いかけを使う
- 状況よりも感情を聞く
- (相手に求められて)自分の意見を言うときは,しっかりと前置きを説明する
- 深刻な問題のときは「ただそばにいるだけ」というプレゼンスの発揮に振り切る
最後に,「おわりに」より筆者の考えがよく現れている部分を引用して締めたいと思う。
希望とは,絶望とともにしか存在し得ないのです。…絶望の底でどのように希望の芽を見つけるか,その答えが「傾聴」です。傾聴は,特にビジネスシーンでは,「相手を思いのままに操る術」のようにとらえられていることがあります。それは,ロジャーズが志した傾聴とはまったくの別物です。その人にとって最良の人生を一緒に見つけていくのが,本来の傾聴なのです。
『傾聴の極意』p.250より引用

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