基本情報
| タイトル | いい質問が部下を動かす |
|---|---|
| 著者 | 林 英利 |
| 出版社 | 三笠書房 |
| 発売日 | 2025年01月29日 |
| ページ数 | 256ページ |
はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

概要

感想
本書はコーチング講座の開発やプロコーチの育成に尽力している筆者により,部下を動かすための肝は質問の仕方であるということが説明されている書籍である。『心理学に学ぶ鏡の傾聴』でも述べられている通り,傾聴とは本来「相手を動かそう」として行うものではない。そのため,本書の主題は一見,傾聴の原理原則には反しているともいえる。しかし,傾聴がこれほどまでに世の中に広まったのは,傾聴の持つ実践的な側面が注目されたからに他ならない。原理を重んじることも大切だが,本書のように実用的な側に光を当て,日常で活用しやすくした書籍もまた,十分に価値があるものと考えられる。ただ個人的には,タイトルに「傾聴」と入れている割には傾聴の本質に踏み込んだ記述は少なく,主張を薄く引き延ばした書籍であるような印象が拭えなかった。
人が納得感を得るには,人からアドバイスをもらうケースと自らが気づきを得るケースの2パターンが存在する。前者は話し手と聴き手の価値観が一致しないと納得感を得るのが難しいことが多いが,後者の場合は自身に蓄積された経験や知識が結びつくことで納得感に繋がるという特徴がある。
納得感を得たとしても,部下は次の理由で動かない場合がある。
- 目標がわかっていない
- 手段がわかっていない
- プロセスがわかっていない
- 道具を持っていない
- 動きたいと思わない
『リーダーの傾聴 なぜ、部下の不満に気づけないのか』でも述べられているが,いわゆるハラスメント・ハラスメントを避けるべく,最近の上司は部下を叱ることができなくなっている。このような背景から,令和の時代にはサーバント型リーダーシップが求められるが,筆者は昭和型の牽引型リーダーシップの中にも採り入れるべき要素が存在すると主張する。それは「自走力」であり,それを引き出すのが「いい質問」なのである。
ダニエル・ピンクはモチベーションを3つに分類している。
- モチベーション1.0:飢えや渇きなど,生命の維持に必要とされる本能的欲求
- モチベーション2.0:外部からの報酬(金銭、評価)や罰(ペナルティ)による動機付け
- モチベーション3.0:報酬に関係なく、活動自体に楽しさや意義を見出す自発的な動機
いい質問が部下の「モチベーション3.0」をわき立たせ,自走力を高めていくのだ。やや文脈からは外れるが,社員の個をあるがままに活かす経営手法については,名著『心理学的経営』で詳細に解説されているため参考にされたい。
部下の自走力を高めるためには,次のような問いかけを利用するとよい。
- 「どうやるとうまくいくと思う?」
- 「どんな工夫ができそう?」
- 「自分のどんな能力が発揮できそう?」
- 「どうすればもっと上達できそう?」
- 「あなたが大切にしていることとどう関係しそう?」
質問を行う際は,問いかける側が答えを持っている誘導尋問にならないように注意が必要である。あくまでも話し手側が答えを持っているという意識が大切だ。傾聴の文脈でもよく言われていることであるが,自分の想定外の返答がきたときにありのままを受容する必要がある。その返答を否定したり拒否反応を示したりすると,部下の内発的動機付けを行うことは難しいだろう。突飛な意見に興味を持って面白がれるマインドを持てるとベターである。
1on1での最初の問いかけは,「最近どう?」くらいの温度感が適切である。話題の方向性を定めすぎることなく,部下にプレッシャーを与えすぎない便利な言葉だ。この問いかけでは何も話してくれない部下もいるが,その場合はまだ信頼関係の構築が十分でないという可能性が高い。「この上司なら何を言っても大丈夫だ」という心理的安全性が担保されて初めて,「最近どう?」という問いかけが有効に働くようになる。また,この問いかけをした際には,「少し顔が曇っている」など,部下の非言語的な表現にも注目するのがよい。
部下との会話の中では答えを導き出すことに急ぎすぎないことが大切であるが,最終的には「聴き手の答え」,「話し手の答え」,「私たちの答え」という3つの答えを導いていくとよい。特に「私たちの答え」は,話し手にとっては外部からの意見を採り入れた上で一段メタな結論を導き出していることになるため,最終的にはここを目指したい。
『リーダーの傾聴 なぜ、部下の不満に気づけないのか』では,「なぜ」の代わりに「どんな」や「何」という言葉を使うようにするとよいと書かれているが,本書では「次にどうするとうまくいくか」のように視点を未来に向けることが推奨されている。
部下が問題を抱えている場合には「ゴール」と「期日」を明確にさせるとよいと書かれているが,私はこれには賛同できない。カウンセリングの場でも自らの場を守るために時間を設定することが推奨されているため,一般的には合理的に傾聴の外枠を規定してしまうのがベストプラクティスなのかもしれない。しかし,自分自身の経験上,話し手もしくは聴き手が時間やゴールを気にした場では,話し手はそれらを気にしてしまって本音を話しにくくなってしまうことが多い。当然,ミーティングの場などではゴールと時間を守ることが最低限のルールではあるが,傾聴の大前提には「お互いの時間を気にせず,目的もなくただ話を聴く」ことが肝要であると考えている。結果として,話し手が聴き手を尊重して自ら話の場を切り上げるような流れになるだろう。
また,本書では1on1の冒頭に「基本ルール」,「上司の心構え」,「部下の心構え」を読み上げることが推奨されているが,私はこれにも賛同できない。1on1はそんなカッチリしたものだけではない。ルールで固められた1on1では部下の本音を引き出すことはできないだろう。極論だが,飲みの場で本音を引き出しやすいように,私は1on1には目的やルールを持たせずにフランクに実施するべきだと考えている。
部下の手がなかなか進まない場合には,「なぜ進めないのか」ではなく「君の行動を止めたのは何だろう」のような問いかけを利用するとよい。これは本質的には「なぜ」の代わりに「どんな」や「何」という言葉を使うプラクティスを利用しているもので,上司から部下に対して「一緒に問題を解決しよう」と手を差し伸べるような効果も発揮される。
他にも,部下の意見を引き出す魔法の問いかけとして「ぶっちゃけどう思ってる?」がある。話す場所も社内の会議室だけではなく,飲みの場なども活用しながら部下の本音を聴くことに徹底することで,部下との信頼関係を構築していくことができるとよいだろう。

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