はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。
基本情報
| タイトル | キャリアデザイン入門 [II] 基礎力編 |
|---|---|
| 著者 | 大久保幸夫 |
| 出版社 | 日本経済新聞出版社 |
| 発売日 | 2016年03月16日 |
| ページ数 | 191ページ |
概要と感想
本書の目的は,「キャリアデザインの必要性をある程度理解しながらも,まだキャリアの展望がうまくできていないという人々に,具体的な考え方や方法について解説し,キャリアデザインをサポートすること」にある。著者は,キャリアデザインのゴールを「自分らしく仕事をしている状態」,すなわちキャリアに対するフィット感・納得感を得られている状態と定義する。キャリアデザイン学への招待と比較するとやや狭義のキャリア観に思えるが,本書は特にビジネスキャリアに焦点を当てているためだと考えられる。本書は基礎力編と専門力編に大別されるが,著者は一貫してキャリアを「筏下り」と「山登り」の比喩で説明する。専門力編は基礎力編の続編として位置付けられ,主に山登りの局面について解説されている。
プロフェッショナルの定義は色々あるが,本書の特徴はプロフェッショナルをスペシャリストとの違いを通して解説している点である。一つの業務を細分化し,その細分化した一つに精通する専門家をスペシャリスト,自分で自分の仕事を定義して広がりや深みをつくっていく専門家をプロフェッショナルと呼んでいる。スペシャリストでは一人前に到達してからはスピードや正確さが求められる一方で,プロフェッショナルでは自分で概念的な定義を加えながら成長し,どこまで行ってもこれでいいということがないものである。管理人はプロフェッショナルはスペシャリストを内包し得ると考えている。プロフェッショナルを目指す上では,ある領域においてスペシャリストであることが求められることがあり,複数領域におけるスペシャリストの掛け算がプロフェッショナルとしての価値であるとも捉えられるだろう。スペシャリストは専任職,プロフェッショナルは専門職と呼ばれていたが,近年では専門職がスペシャリストの意でも使われることに注意が必要だ。
プロになるための訓練時間は約1万時間が必要になるという。さらに,ただ闇雲に1万時間を費やせばよいかというとそうではなく,
- 適度に難しく明確な課題と向き合っている
- 実行した結果に対するフィードバックがある
- 類似の課題を反復できる,つまり誤りを修正する機会がある
という環境が必要になる。また,本書ではゼネラリストに対する誤解にも警鐘を鳴らしている。「プロフェッショナルが視界を広げていって様々なことに知見が及ぶようになった姿こそ,ゼネラリストと呼ぶべきもの」であり,「いきなりゼネラリストですと言われても,何もできない人にしか見えない」のである。ゼネラリストだからいつまでも山に登らなくていいという言い訳は,延々と筏下りを続けてしまう危険性を孕んでいる。
本書の特徴は,50代以降のキャリアデザインにも言及している点である。筏下りから山登りへのトランジションが上手く成功した50代は,山の頂を経験していることが多い。その後のキャリアとして,
- 周辺の山を制覇する(例えば,人事→キャリアコンサルなど)
- ゆっくり楽しみながら下山する(環境を整備する仕事や次の育てる仕事で,例えばトレーナーやコーチなど)
- 全く異なる第二の山に登る(50代から全く新しい挑戦を始める)
- いったん山を下りてまた同じ山に登る(芸術家など。葛飾北斎はこのタイプ)
- 湯治で疲れを癒す(例えば,地方に移住して趣味を中心とした生活を楽しむ)
これらが挙げられるという。
人生の最終局面においては「統合」というフェースが必要だ。このフェーズでは,これまでの経験や積み重ねてきた能力を統合したり,異なる考え方や発想を組み合わせたりすることで,これまで生きてきたことのすべてを使い,これまでの人生を肯定するプロセスを行う。人生の総決算のようなイメージだ。
本書も前編と同様に,「ブランクは作るな」というメッセージが強かった点が残念である。キャリアをビジネスキャリアという狭義のキャリアとして捉えている時点で,仕事が正義という思想に飲み込まれてしまうため,ブランクは悪であるという考え方に染まってしまうのだろう。パートナーや家族,社会貢献や仕事外での人間関係など,人生を豊かにするピースは他にもたくさんあるはずだ。


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