はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。
基本情報
| タイトル | キャリアデザイン学への招待 |
|---|---|
| 著者 | 金山/児美川/武石 |
| 出版社 | ナカニシア出版 |
| 発売日 | 2014年01月15日 |
| ページ数 | 232ページ |
概要と感想
本書籍では,キャリアデザイン学の先駆者ともいえる法政大学が,キャリアデザイン学部を発足させてから学問として成立させるまでの軌跡が描かれている。内容は学術的であり,「キャリアデザインとは何か」を知るための教材として非常に良質だといえる。第一部ではキャリアデザイン学の概観や成立過程が解説され,第二部以降で具体的な実践事例や教育事例が示されている。2025年現在でも特に参照価値が高いのは,第一部の内容であるという所感を持った。
本書籍は2014年度に出版されたが,その後,改訂版にあたる「キャリア・スタディーズ」が刊行されている。AIの普及や労働人口の減少など,近年のキャリアデザインを巡るトレンドを追うには,改訂版を参照する方が適切だろう。ただし,キャリアデザイン学の入門としては本書籍だけでも十分にキャッチアップが可能であり,学問が走りはじめた時期の雰囲気を知ることもできる。そのため,「キャリア・スタディーズ」を読む前に本書籍へ一度目を通しておくことで,より深い理解につながるだろう。
キャリアデザイン学は,「教育学・心理学(発達・教育キャリア)」「経営学(ビジネス)」「生活文化論(ライフキャリア)」の共通部分に「自分研究・人間研究」を置いた構成となっており,「キャリア形成に対する,自分自身の積極的関与」を指す学問領域である。なお,本書籍では,キャリアそのものを「人間が生き・働き・遊び・祈り・学び・意味づけすること,社会環境との関係,各組織を介して人から人へ,世代から世代への生命や技や知識,智慧の伝達・承継=バトンタッチ」と表現している。
この表現を別の角度から因数分解すると,「人生という時間軸」「職業という活動分野」「人の役に立つということ」「組織」の四つに整理できる。また,別章ではキャリアを「個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖」とも表現している。ここでいう立場や役割にはワークキャリアだけでなく,配偶者や親などのライフキャリアも含まれている。したがって,ワークキャリア偏重のキャリア教育にならないよう,適切な配慮が必要である。
発達・教育キャリア
2011年の中央教育審議会の定義によれば,キャリア教育とは「一人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して,キャリア発達を促す教育」とされている。しかし,本書ではこの定義から一歩踏み込み,キャリア教育の目的やねらいをより明確にしている。キャリア教育は将来への「準備体操」であり,学校教育の「機能」を表す概念であるという位置づけだ。特定の単元や領域に限定されるものではなく,学校教育全体を通して展開されるべきものである。従来キャリア教育は進路指導として理解されることが多かったが,本書ではキャリア教育を進路指導を内包するより広い概念として捉えている。職業との結びつきが強いものの,進路指導のような出口戦略のみを重視するものではない。
2009年時点では,キャリア教育が持てはやされる一方で,職業教育(一定又は特定の職業に従事するために必要な知識・技能・能力や態度を育成する教育)が軽視されているという批判もあった。しかし,著者の一人はこの批判は的外れであると述べる。キャリア教育は包括的な教育の営みであり,職業教育と有機的に結びつきながら,職業教育の場面を通じて行われることも否定していないという主張だ。ここには次のようなトレードオフが存在する。
- 職業教育と結びつかないキャリア教育は,教育内容の具体性や社会性を失い,空疎で観念的な働き方・生き方の学習に陥りかねない。
- キャリア教育と結びつかない職業教育は,どの分野の職業教育を受けるかという選択を,生徒の素朴な嗜好(志向)に委ねてしまう危険がある。
新卒一括採用が前提だった時代には,学校段階での職業教育は必須とされてこなかった。しかし,就業体験やインターンシップの充実に見られるように,時代背景の変化によって職業教育の重要性は高まりつつある。
ワークライフバランスという言葉が浸透したこともあり,キャリア教育はワークキャリアとライフキャリアに分類されるという理解が一般的だと管理人は考えていた。しかし本書では,これらに加えて「シティズンシップ教育」が重要な要素として提示されている。法治国家に生きる以上,人は主権者として権利を行使する主体であり,たとえば労働法を「知っている」だけでなく,「使いこなせる」力量が求められる。どれほどワークキャリアやライフキャリアが充実していても,シティズンシップ教育が不十分であれば,豊かな人生にはつながらないだろう。余談だが,本稿の感想には児美川先生の章を参考にした部分が多い。キャリアデザイン関連の文献を調べると児美川先生の名を頻繁に目にし,その分野の著名な研究者であることが窺える。
本書籍では生涯学習についても言及されている。「自分にとって本当に学びがいのあること」を探すという営みは,言い換えれば「本当の自分とは何か」を探し求める自分探しの旅ともいえる。「勉強」が先に立ち「学び」が失われつつある現代日本においては耳の痛い話だが,受け身の学習観から主体的な学習観への転換が求められている。
ビジネスキャリア
経営学とビジネスキャリアの違いは,「視点」と「視野」にある。経営学は組織目線で人を動かすマネジメントを対象とするのに対し,ビジネスキャリアは個人目線で,働くことに関連した経験を通じてキャリアを形成していく営みである。またビジネスキャリアでは,学生から職業人,高齢者へといった役割の移り変わりや,特定組織に属するキャリアから組織横断的なキャリアまで,幅広い視野が求められる。
この視野の広がりは,Superが1990年時点で示した「人生のそれぞれの段階で果たす役割の組み合わせ」という考え方にも通じる。すなわち,「学生」「市民」「労働者」「親」など,複数の役割を同時に果たしながらキャリアは形成されていくという視点である。ビジネスキャリアの研究は,まさに「働くことを通じて豊かな人生を実現することを問い続ける営み」であるといえる。
日本の雇用システムは新卒一括採用を前提とし,長期的な人材育成を基盤としている。一方,米英では人材育成への投資は比較的少なく,企業成長に重点が置かれる傾向がある。これは,日本の経営者が従業員を重視するのに対し,米英の経営者は株主を重視するという価値観の違いによるものだと説明される。
日本型システムは雇用の安定を提供する一方で,個々人のキャリアまでは保証しない。そのため,個人が主体的にキャリアを形成する能力がこれまで以上に求められている。
ライフキャリア
ライフキャリア領域は,「当たり前」が溢れる生活の場において,「見慣れたものの意味が変容するのを知る」という発見に焦点を当てる領域である。言い換えれば,見慣れた外観の背後に潜む社会のしくみや文化のあり方,そしてそれらの中で人間が生きる社会的リアリティの意味を探究することを目的としている。戦後の日本社会において,人間を生産者・労働者としてのみ捉える考え方から,モノやサービス,余暇などを含む生活全体のリアリティへと視野を広げるために重要な領域である。
本領域には家族社会学に関する視点も関連するが,当時はまだ学問として十分に確立されておらず,明快な体系的解説は提示されていなかった。最後に,当時の家族に関するキャリアデザインの状況を説明する記述を引用して締めくくりたい。
「家族に関するキャリアデザイン」研究に求められるもの…は,家族に関するさまざまな既存研究の積み重ねをもとに,人生の多様性を意識し,各人(研究者それぞれ)がそれぞれの専門的見地で実証的に研究を行うことである。それぞれの研究者が,家族時間について,時間軸を視野に入れて(一時点の現象の分析ではなく)調査研究を重ねていく。その結果,一定の蓄積のもとに,それがキャリアデザインの名によって,折りをみて整理されていくことになるのではないか。大きく総括するような理論化は,まだ時期が早いように思われる。
「キャリアデザイン学への招待」p.79より引用


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