基本情報
| タイトル | アクティブ・リスニング ビジネスに役立つ傾聴術 |
|---|---|
| 著者 | 戸田 久実 |
| 出版社 | 日経BP |
| 発売日 | 2023年09月16日 |
| ページ数 | 220ページ |
はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

概要

感想
本書は「伝わるコミュニケーション」をテーマに研修や講演活動を行う著者により,アクティブリスニング(積極的傾聴)を平易に解説した一冊である。傾聴の入門書としては『心理学に学ぶ鏡の傾聴』や『「ねえ,私の話聞いてる?」と言われない「聴く力」の強化書』が定番だが,本書は新書サイズというコンパクトさでありながら,その「キホンのキ」を学べるエッセンスの凝縮された良書であると感じた。
アクティブリスニングの筆者なりの解釈は次の通りである。
- 相手に話を聴いているということがわかるように表現できること
- 相手の言わんとすることを正確に理解し,ときには質問をしながら話を引き出し,共感しながら受けとめ,耳を傾けられること
他の書籍でも繰り返し述べられている通り,価値観が多様化した現代において,アクティブリスニングの重要性はかつてないほど高まっている。これを適切に活用することで,人間関係を円滑にするポジティブな効果が期待できる。これは単に上司が備えるべき素養にとどまらず,部下が上司の本音を引き出すためにも不可欠な,ビジネススキルの一つといえるだろう。
ただ個人的には,あまりに実践的なテクニックとして傾聴を語りすぎると,その本質を見失ってしまう懸念も拭えない。そのため,傾聴を単なる「ビジネス能力」という枠組みだけで捉える点については,やや慎重な立場を取りたい。
筆者はアクティブリスニングを発揮するべき場面として以下を挙げている。
- 着地点を決めなくてはいけない場面
- 解決の道を見つけなくてはいけない場面
- 他者との交渉の場面
私は上述の通り,傾聴をビジネス能力と捉えることには語弊が生じやすいと考えている。同様に,特定の場面で傾聴が必要だという主張に対しても,ある種の危うさを感じずにはいられない。傾聴とは本来,相手をありのままに受容する概念だが,実務の現場では「ありのままを受容していては埒があかない」という状況に直面することが多いからである。ただし,著者が一貫して説く「相手を理解することの大切さ」については,深く共感するところだ。
本書を通じて得た最大の示唆は,「聴く力は話す力の土台になる」という点である。他者の話を聴いてその内容を整理できない人は,翻って自分の話を整理することもできない。傾聴の技法に「要約して伝え返す」というものがあるが,これも結局のところ「相手の意図を整理し,理解し,組み立て直し,要約する」というステップを踏んでいる。つまり,他者の話を整理して理解するプロセスと,自らの思考を整理するプロセスは,根底において同じ能力を用いているのである。
私もついやってしまいがちだが,アクティブリスニングでは話を聴く態度も極めて重視される。背もたれにふんぞり返っていたり,表情が硬かったり,あるいは「ながら作業」をしていたりすれば,相手の心は閉ざされ,真の理解には至らないだろう。逆に言えば,話し手に寄り添っていることが伝わるような聴き方をすることで,相手の心を徐々に解きほぐしていくことができる。
また,先入観を持って話を聴くことも避けるべきだ。物事の本質は最後まで聴かなければ見えてこない。相手を心から理解するためには,自らのバイアスを排して最後まで耳を傾ける必要がある。自分の物差しに相手を無理やり当てはめるような聴き方は論外であり,相手の話に勝手な解釈を加えて変換してしまうことは,厳に慎まなければならない。
人の価値観は,往々にして「~すべき」という言葉に表れる。この「べき」を頭ごなしに否定してはならない。相手を深く知るためには,その言葉の裏側に隠れた思考や感情に焦点を当て,徹底的に聴き切ることが必要だ。性別や年齢といった「表層的なダイバーシティ」を超え,パーソナリティや価値観といった「深層的なダイバーシティ」を推進するためには,こちらの正義を押し通すのではなく,異なる背景にある相手の「べき」を認め,受容しなくてはならない。これはすなわち,立場やキャリアの違いを超え,心の中では対等な姿勢で向き合うということである。特に,親密な間柄ほど思い込みが生じやすいため,より一層の注意が求められる。
冒頭でも触れられている通り,アクティブリスニングでは「あなたの話を聴いている」という事実を適切に表現することも大切だ。こうした誠実で対等な自己表現は「アサーティブ・コミュニケーション」にも通じる。組織の心理的安全性を確保するためには,特に立場の強い者がアサーティブな態度を示すことで,「ここでは自分の意見に耳を傾けてもらえる」という安心感を醸成しやすくなるのである。
ネガティブな報告を受けた際には,当然その内容を批判してはならず,まずは「報告してくれてありがとう」と言葉をかけるべきである。悪い知らせを口にするには相応の勇気を要するからだ。報告しづらい雰囲気はチームに閉塞感を生み出し,組織にとってマイナスでしかない。
こうしたネガティブな内容に対しては,過度に同情する必要はなく,あくまで「共感」を意識するのがよい。『13歳からの「傾聴力」向上バイブル』でも指摘されている通り,共感は主語が「あなた」であるのに対し,同感は主語が「私」になるという決定的な違いがある。また,相手を安易に励ます必要もなく,まずは話を聴き切ることに徹することが最善の策となる。
さらに,自分に対するネガティブなフィードバックに対しても,素直に耳を傾け,非があれば謝罪するスタンスを持つことが大切だ。いわゆる「謝ったら死んじゃう病」に陥ってはならない。部下は上司のこうした姿勢を鋭く観察している。素直に話を聴ける上司こそが,真の信頼を獲得できるのである。
正直なところ,本書の内容は一貫して「当然のこと」に終始している。しかし,私を含め多くの人がこうした基本すら徹底できていない現実を直視すれば,本書の説く本質を疎かにしてはならないと,改めて身が引き締まる思いがした。

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