【読書記録】キャリアづくりの教科書

目次

はじめに

私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報

タイトルキャリアづくりの教科書
著者徳谷 智史
出版社NewsPicksパブリッシング
発売日2023年06月30日
ページ数552ページ

概要と感想

本書は,人材開発会社EggFORWARD代表の徳谷智史氏が,自身の経験を元に「キャリアづくり」の概念とその方法を体系的にまとめた一冊である。522ページという圧倒的なボリュームからも分かる通り,その内容は自己理解から市場価値の定義,キャリア選択,キャリア支援,そして組織づくりに至るまで多岐にわたる。豊富な実例を交えながら,理論と実践をバランスよく学べる「教科書」のような存在と言えるだろう。

ただ,私個人の所感としては,本書は『キャリア教育がわかる』『キャリア・スタディーズ』といった学術的な知見に厳密に立脚しているというよりは,著者の豊富な経験に基づく「持論」としての側面が強いと感じる節もあった。しかし,その「持論」ゆえに,そこには生々しい社会の実態が反映されており,ありのままのキャリアの姿を読者に突きつける内容となっている。

著者は戦略コンサルタント時代,経営再建のために従業員を切り捨てる思想に触れ,「真面目に働いている人が報われない」という状況には構造的な問題があることに気づいたという。20年近く個人と企業の両面からキャリア形成に携わってきた著者の人生のテーマは,「人が本来持つ可能性を実現し合う」ことにある。このビジョンを具現化するために,EggFORWARDを立ち上げたのだ。

会社と個人の幸福を一致させるための核となる考え方が,本書で一貫して解説されている「キャリアジャーニー」である。旅の行き先としてキャリアの方向性を描き,自身の人生を見つめ直す。その過程を仲間と共に楽しみながら,望む場所へ辿り着くための武器(市場価値)を調達し,目的地に到達したならば自分なりの価値を発揮する。そうして歩むうちに,また次の景色が見えてきて,新たな旅が続いていく。これからの時代のキャリア形成は,まさにこうした「旅」のようなプロセスになるのだという。


本書ではまず,キャリアづくりの背景となる外部環境の移り変わりが解説されている。

キャリア1.0

年功序列と終身雇用が前提となる時代。個人のスタンスとしては会社に適応することが求められ,一生懸命頑張っていれば未来が報われていた時代であるとも言えるだろう。川下り型のキャリアづくりが一般的であった。

キャリア2.0

終身雇用が少しずつ崩れ,転職も徐々に一般的になってきた時代。個人のスタンスとしては会社内での着実な成長が求められ,昇進や昇格といった頂を目指す山登り型のキャリアづくりが一般的であった。

キャリア3.0

転職や複数企業に所属することが前提となる時代。個人のスタンスとしては非連続的な成長やレバレッジが求められ,不確実性を乗り越えながら旅を楽しみ続けるキャリアづくりが一般的になる。

特筆すべきは、「キャリア1.0〜2.0」と「キャリア3.0」の決定的な違いである。それは、会社の看板に安住するか、個人の力で機会を掴み続けるかという点に集約される。看板に頼れず個の力が問われるキャリア3.0の時代において、著者は後に述べる「市場価値」を高めることの重要性を説いている。この変化は、新卒時の就活次第で将来が決まる世界から、自らの経験と価値で戦い続けられる世界へと変容したという意味で、よりフェアな競争環境への移行であるとも言えるだろう。

また、キャリア3.0では「組織」ではなく「目的」ありきでの働き方にシフトしている点にも注目すべきだ。特定の組織への所属を前提に「何をするか」を決めるのではなく、まず実現したい目的があり、そのために有機的に組織が形成されていく構造へと変容しているのである。これは、圧倒的な人材不足やSNSの普及、生成AIの台頭などにより、企業と個人の関係が対等、あるいは高付加価値人材においては個人が優位に立つ「逆転現象」が起きていることに起因している。

市場価値を捉える上で重要となるのが、「PL型キャリア」と「BS型キャリア」という概念だ。P/L(損益計算書)とB/S(貸借対照表)は会計の用語だが、キャリアにおいては次のように解釈される。P/L型は短期的なフローを重視する考え方であり、仕事の報酬(得られるもの)に対して人生の時間(投下するもの)を差し引いた結果を重視する。

対してB/S型は、中長期的なストック(積み上げ)を重視する。キャリア3.0において、中長期的な幸福度や市場価値を築くためには、一時的に年収を下げてでも成長機会を求めて転職したり、困難な経験に時間を投資して信頼のネットワークを築いたりといった、B/S型の投資思考が欠かせない。厚い信頼(資産)があれば、「今できるか」という現時点のスキル以上に、「この人に任せたい」という期待に基づいて新たなチャンスを掴むことができる。これは短期的な効率を追うP/L型キャリアでは得られない、B/S型キャリアならではの強みである。


旅は自分自身を知ることから始まるという。自分の内側に存在するのが「価値観」であり,外側に存在するのが「市場価値」である。市場価値を高めるための具体的なアクションを起こす前に,まずは旅先で迷わないように自分自身の価値観と深く向き合うことが大切だ。

本書で解説されている自己理解のフレームワークは,以下のステップを繰り返すことで構成されている。

  1. 解凍(凝り固まった自分自身を紐解く)
  2. 形成(過去から自分自身を言語化する)
  3. 再定義(未来を描く)

「解凍」のプロセスでは,まず自身のキャリアを点数化し、現在地を客観視することから始める。満点との差分を言語化することで,自身のキャリアにおける満足・不満足の要因が浮き彫りになり,次の一歩を踏み出すための足掛かりが得られる。

次に重要となるのが,「プライドの鎧」を脱ぐことだ。誰しもが無意識にこの鎧をまとっているが,人によってはそれを脱ぎ捨てることに強い抵抗を感じるケースもある。私自身もこのプロセスには非常に苦労したが,旧友や同僚の助けを借りることで,ようやく鎧を脱ぎ去ることができた。本書でも,プライドの鎧をまとい続けた結果として失敗を喫した著者の生々しい体験談が紹介されており,その難しさと重要性が説かれている。

鎧を脱いだ後は,「固定観念の鎖」を断ち切る段階へと進む。幼い頃から鎖で繋がれた象が,大人になって鎖を引き抜く力を得てもなお「自分には無理だ」と思い込んで諦めてしまうように,ビジネスパーソンも過去の失敗や思い込みによって自らの可能性を狭めていることが少なくない。

続く「形成」のプロセスでは,「素」の状態になった自分自身で過去を徹底的に振り返る。具体的には,縦軸に充実度,横軸に時間軸を取った「ライフラインチャート」を描き,グラフの傾きが変化した点や充実度の高低に着目して,自身の価値観や意思決定の基準を言語化していくのだ。

この際,目を背けたくなるような「コンプレックス」とも真摯に向き合う必要がある。幼少期の経験やコンプレックスが,現在のビジネスシーンにおける行動原理に多大な影響を及ぼしているケースは極めて多いからだ。著者は支援先の経営陣に対してもこのチャート作成を求めるという。自身の過去を正確に振り返り,価値観をメタ認知できていないリーダーは,知らず知らずのうちに従業員との軋轢を生んでしまうことがあるためだ。

ライフラインチャートを通じて得られる主要な成果物は,自身のターニングポイントの本質と背景の言語化である。この抽出にあたっては,価値観の方向性を以下の3つに分類すると整理しやすい。

  • 社会目的志向:社会に対して価値を提供し,貢献できている実感を重視する
  • コト志向:やりたいことや,自身が成し遂げたいコトの達成を重視する
  • ヒト・環境志向:組織一丸となって助け合い,大きな目標を達成することを重視する

なお,私が日々のマネジメントにおいて特に活かせそうだと感じた一節を,以下に引用する。

社会や他者に意識が向く「社会目的志向」の人のほうが崇高で,「やりたいコト」に向かうコト志向の人は自己中心的かのように見られることがあるが,そんなことはない。

私がこれまでたくさんの方に対峙したなかで得た実感値として,利己がある程度満たせていないタイミングでは,本質的な利他は生まれえない。まずは自身の「やりたいコト」や「自分が得たいコト」を実現する。その先に利他に向かう人もいる。「社会目的志向」という利他と「コト志向」という利己は,二項対立ではないのだ。

…コト要素がいちばんのモチベーションになっている人は,社会目的志向の人に対してまったく引け目を感じなくていい。…何より重要なのは「自分の本心をごまかさないこと」だと感じているからだ。

『キャリアづくりの教科書』p.101.103より引用

私自身は,「何をやるか」という具体的な職務内容以上に,「誰と働くか」および「社会にどのようなインパクトを与えるか」の二点を極めて大切にしている。これに基づけば,自身の価値観は「ヒト・環境志向」かつ「社会目的志向」であると言えるだろう。

かつての私は,長い間利己的な成長ばかりを追い求めており,その根本を深掘りしていくと,実は「自分に自信がないこと」が最大の要因であったと判明した。その事実をありのままに受け入れることで,ようやく等身大の自分を肯定できるようになったのである。この内面的な受容があって初めて,自分以外の存在に目が向く「社会目的志向」が芽生えてきたのだ。

最も厄介なのは,「他者に構ってほしい」「愛情がほしい」といった内面的な飢餓感を無意識に仕事やキャリアに持ち込み,その構造を理解しないまま放置してしまうことである。こうした未昇華な欲求は,一度自分の中で認めた上で手放す必要がある。過去の経験とその事実にどのような意味付けを行うかは,その後の人生を歩む上で決定的な意味を持つからだ。

ターニングポイントの本質を言語化した後は,自身の「意思決定の傾向」を把握する段階へと移る。人間は無意識に過去と同様のパターンで決断を繰り返す生き物である。だからこそ,「良かったと思える決断」と「後悔している決断」を洗い出し,それらを対比させることで,自身の思考の癖や傾向を客観視する手法が非常に有効である。

ここまでのプロセスを経て,ようやく「過去の経験に基づいた自己理解」が完了する。あとは,この自己理解を土台として「未来」を描いていけばよい。未来を描く際は,思考と行動を切り離して考えるのが鉄則である。思考においては,「もし…だったら」という仮定で制約を外す「IF理論」やロールモデルを活用し,無意識のブレーキを解放する。一方の行動においては,与えられた役割からスキルを磨く「Must-Canアプローチ」や,周囲の7人から受ける影響を意識する「マジックナンバー7」といった概念を指針に,未来への具体的な歩みを進めていくのである。


市場価値の捉え方は,以下の5つのフェーズに分けられる。

  1. 無関心期(会社で一生懸命に働く)
  2. 過大評価期(自身のポジションが確立されて少しずつ自身が出てくる)
  3. 現実認識期(周りに転職する人が出始め,危機感や焦りから自身を少しずつ客観視する)
  4. 無視期(ぼんやりとした課題感や危機感から目を背ける)
  5. 葛藤・行動期(今のままではまずいと一歩踏み出す)

日本社会は長らく年功序列(キャリア1.0〜キャリア2.0)を前提としていたため,組織の外側からの見え方を過度に気にする必要はなかった。しかし,個の存在がフィーチャーされる「キャリア3.0」の時代へと移り変わった今,自身の市場価値を客観的に把握し,戦略的に高めていく姿勢が不可欠となっている。これに呼応するように,企業の採用方式もメンバーシップ型からジョブ型へと移行しており,いっそう「何ができるか」という実利的なスキルが重要視される社会となっているのである。

ここで陥りがちな誤解が,「年収の高さ」をそのまま「個人の市場価値」と捉えてしまうケースだ。年収には「業界インフレ」の罠が潜んでおり,原価率が低く収益性の高い業界ほど,給与水準も高くなる構造がある。例えば,在庫という概念がなく仕入れコストが極めて低いIT業界や人材紹介業,あるいは情報の非対称性が強い不動産業界,規制や寡占により価格競争が起きにくい放送業界などは,高水準の給与を維持しやすい特徴がある。このように,年収は個人の能力だけでなく,「どの業界に身を置いているか」という外的要因に大きく左右されることを忘れてはならない。

逆に言えば,個人の実力が年収に見合っていない「年収過多」の状態はリスクでもある。現職でのリストラ対象になりやすいだけでなく,転職活動においても「提示された給与水準に見合う能力がない」と判断され,難航する可能性が高まるからだ。「当社の基準では,あなたの能力に対して現職と同水準の給与は支払えない」というミスマッチを招かないためにも,自身の市場価値を正しく理解しておく必要がある。

年収と市場価値がイコールで結ばれ,業界構造が変化してもキャリアジャーニーを望みどおりに歩んでいけるのは,「個人として(看板に頼らず),自分がどういう価値を生み出せるか」を言語化できる人に限られるのだ。

『キャリアづくりの教科書』p.145より引用

市場価値を客観視するためには,以下のように市場環境のタイプを把握するとよい。

タイプ業界の年収水準業界・自社の成長性自身の成長可能性
期待の星
ぬるま湯××
夜明け前×
沼地×××

「期待の星」は機会にあふれるタイプであり,最も望ましい状態と言える。一方で「ぬるま湯」は,業界インフレの罠に浸かり続けることで中長期的な選択肢を失うリスクがあり,その居心地の良さこそが危険なタイプである。また,「夜明け前」は現時点の年収さえ厭わなければ,将来的には希少な人材になれる可能性を秘めている。そして「沼地」は,一刻も早く脱出すべきタイプである。

重要なのは,キャリア1.0〜2.0において「業界の年収 > 業界・自社の成長性 > 自身の成長可能性」であった優先順位が,キャリア3.0では「自身の成長可能性 > 業界・自社の成長性 > 業界の年収」へと逆転しつつある点だ。私自身も実感していることだが,目先の年収よりも「自身の成長可能性」を優先して環境を選ぶことが極めて大切である。

目先の年収のみで選択するキャリアは,先述した「PL型」のキャリアそのものである。実際,EggFORWARD社の調査によれば,30代後半から40代以降に年収水準が大きく上振れていく人は,キャリアのどこかで目先の条件にとらわれない「BS型」のキャリア形成を選択していることが判明しているという。

ここで筆者は,極めて鋭い指摘をしている。以下の二つの構造的問題は,1. の結果として 2. が引き起こされているのではないかという問いだ。これには私も深く賛同する。

  1. 終身雇用制度が崩壊したが,人々には「会社が守ってくれる」という気分だけが残った。結果として多くの人が会社の外に放り出され,転職マーケットで評価されないという事態が発生した。
  2. 過重労働から守るために長時間労働が法規制されたが,人々には「会社が守ってくれる」という気分が残っている。結果として多くの人が会社の外に放り出され,転職マーケットで評価されないという事態が発生する。

本書では,市場価値を「希少性 × 市場性 × 再現性」と定義している。「希少性」はどれほどレアなスキルやスタンスを有しているか,「市場性」はマーケットからどの程度必要とされているか,そして「再現性」は異なる環境においても同様の成果を出せる能力であるかを意味している。

特に「再現性」は重要であり,自身の能力を棚卸しする際には,特定の環境に依存しない普遍的なスキルがどれだけあるかを問い直す必要がある。ただし,自身の市場価値を把握する上で最も効果的なのは,実際に転職活動を行い,会社の外にいる第三者から客観的な評価を仰ぐことだ。

  • プロセス:あなたは「何の取り組み」をしたのか。
  • 深堀り(スキル・スタンス):なぜ,どう考えてその取り組みをしたのか。その取り組みには,具体的にはどんな工夫があったのか。何が他の人と違ったのか。
  • 必須要素:あなたはどんな環境・要素があれば,他の組織でも同様の力を発揮できるのか。

本書では市場価値の高め方についても触れられているが,やや一般論に近く当然の内容とも捉えられたため,ここでは詳細な記載は割愛する。ただし一点だけ,希少性を磨くために「修羅場経験(クリエイティブジャンプ)」を意識すべきという点は特筆に値する。これは,現在の延長線上にある連続的な成長にとどまるのではなく,背伸びをしなければ到底届かないような困難な機会に飛び込み,自身を強制的にストレッチさせるという考え方だ。そのためには,機会を自ら創り出す能動性や,好機が訪れた際に即座に掴み取れるだけの準備をしておくことが欠かせない。

一方で,自らの幸せを実現するためには「市場価値至上主義」に陥らないよう注意が必要だ。市場価値はあくまで手段であり,目的ではない。その重要性に言及した一節を,以下に引用しておく。

「幸せ」と「成功」の定義は異なる。「成功」は他人の尺度であり,「幸せ」は自分の尺度だ。市場価値が高ければ「成功」の可能性は高まるが,「幸せ」は約束されない。「幸せな人生」は,自身で自身なりの(他人の尺度ではない)「成功」を定義することから始まるのだ。

『キャリアづくりの教科書』p.210より引用

未来を見据えるときに大切になるのが,キャリアの四類型である。

I型人材

単一の特定領域で深い専門性を持つ人材。特定のテクニカルスキルと経験を蓄積している。テクノロジーによって代替されるリスクも大きい。

T型人材

一定の幅広い経験に基づく能力に加えて,単一の特定領域で深い専門性を持つ人材。

H型人材

一定の幅広い経験に基づく能力に加えて,複数の特定領域で深い専門性を持つ人材。

HH型人材

自分の中に複数のH型を持ち,さらに他者を巻き込んでHが複数重なっていく人材。

不確実性と流動性が高い現代社会において,単一の専門性のみに依存する「I型人材」が抱えるリスクは大きい。一方で,経営層の多くは「H型人材」や「HH型人材」であるという。筆者は,まずは特定の専門分野(I)を市場から認められるレベルまで深め,そこから隣接分野へと幅を広げた「T型」へと移行すべきだと説く。そして,T型としての深さの成長に停滞を感じ始めたタイミングで,複数の専門性を繋ぎ合わせる「H型」へとシフトしていくステップを,実例を交えて説明している。さらに,このH型をより高次元な「HH型」へと進化させていくためには,信頼をベースにした「資産としての人間関係」を活用することが鍵となる。

ただし,ここで忘れてはならないのが,目指すべきは外的な「なりたい姿」ではなく,内発的な「ありたい姿(Being)」であるという点だ。人生の終焉において「自分は結局何がしたかったのか」という虚無感に襲われるのは,あまりに悲しい。積み上げた収入や肩書きは,その問いに対する本質的な答えにはなり得ないからだ。

本書では,ここからさらに年代別の具体的なキャリア戦略へと論が展開されていく。その中から,特に私の心に深く刺さった一節を紹介したい。

これは経験上間違いなく言えるが,キャリアの後期になって,社会や外に目が向いている方は,必ずと言ってよいほどいきいきとしており,人も集まってくる。逆に,キャリアの晩年で,自身のプライドや保身に目が向く方は,次第にエネルギーを失い,人も離れていく。

『キャリアづくりの教科書』p.250より引用

キャリア選択には「転職」「複業」「起業」「独立」「現職での活躍」「現職内での異動」といった多様な選択肢があり,本書ではそれぞれの特徴が解説されている。しかし,その内容は一般的なものが多いため,本稿では割愛する。

特筆すべきは,転職後の成功と失敗を分ける要因として「自己変容」と「アンラーニング」が挙げられている点だ。過去のプライドが邪魔をしてこれらが実践できない場合,転職後の失敗リスクは必然的に高まる構造にある。アンラーニングの対象は,主に「過去の成功パターン」と「以前の組織における意思決定構造」の2つだ。新しい組織の文化やメンバーに対する敬意を忘れず,自らをアップデートし続ける姿勢が求められる。

また,転職後は「3日・3週間・3ヶ月」という節目ごとの動き方を意識すべきだと説かれている。どの期間においても共通して強調されているのは,素直であること,そしてプライドを捨てて新しい環境に溶け込もうとする謙虚な姿勢の大切さである。

さらに本書では,キャリア支援が苦手なマネージャーはもはや評価されないと断言している。これほどの人材不足の時代においては,人を「コスト」ではなく「資産」と捉え,「ここで働き続けたい」と思える組織を構築することこそが,持続的な成長への唯一の道となる。具体的に,メンバーのキャリアづくりを支援する際は,以下の4つのステップで実施するのが効果的だという。

  1. 信頼関係の構築と相互理解
  2. Will(ありたい姿)の具体化
  3. Can(強みや弱み)の具体化と成長テーマ設定
  4. MUST(実務)の機会提供
  5. 1on1を通じたフィードバック

私の感覚として,1.については「傾聴」がポイントになると考えており,キャリアデザイン学の書籍を一通り読み終わった後は傾聴に関する書籍を読みたいと考えている。特に,上長からの自己開示がメンバーの心を開く可能性についてはここでも言及しておきたい。2.については『WILL「キャリアの羅針盤」の見つけ方』『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』が参考になるだろう。『「何者でもない自分」から抜け出すキャリア戦略』の思想のように,Willを持つことを強制することは避けたい。3.以降はよくある話である。MUSTの機会提供については,セーフティネットの設計や「自分が選択した感」の醸成,コンフォートゾーンを抜けた後の伴走支援が大切になる。時には意図的に失敗を設計することもある。


本書の最終章では,個人と組織の理想が共存できる組織の「構造」について論じられている。「変えたくない個人」が一定数存在する組織では,たとえ「変えたい」と願う個人がいても変化は起きにくい。そこで重要となるのは,経営層やリーダーが腹を括り,ミッション・ビジョン・バリューを本気で浸透させることである。また,若手の抜擢も不可欠な要素だが,それには明確なルールとフォロー体制,および撤退基準を設ける必要がある。ただし,誰かを抜擢するということは,同時に「機会を得られない人」が多数生まれることでもあり,組織内での公平性や配慮には細心の注意を払わなければならない。

特に印象深いのは,「自部署から優秀なメンバーが抜けると困る」というマネージャーの台所事情に関する記述だ。私自身も,社会人2〜3年目でリーダーを務めていた際,優秀なメンバーが他チームへ引き抜かれることに猛反発した経験がある。しかし,自チームの存在意義を「若手を育て,優秀な人材として他部署へ輩出すること」と再定義したことで,メンバーを「会社の資本」として育成する視点に立つことができた。これは会社と社会の関係においても同様である。優秀な人材を次々と輩出し,他社でも活躍する流れを作ることができれば,「あの組織に入れば成長できる」という評判を呼び,結果としてさらに優秀な人材が集まるという好循環が生まれる。

現在,多くの中間管理職が多忙を極めているが,その状況下でキャリア支援を行うためには「何でもできるマネージャー像」を捨てる必要がある。実務指導とキャリア支援の役割をマネージャー間で分担するなどの工夫が求められるだろう。また,将来の管理職候補を増やす施策として,著者は「プレ管理職」の導入を提案している。これは産休・育休を希望するメンバーにとっても一つの解になり得る。マネジメント側に回ることで個人の行動量に頼りすぎずに成果を出せるようになり,責任ある立場としてのやりがいを得つつ,属人化による制約も防げるからだ。

このように,個人のキャリア形成を支援できる組織がサステナブルに機能し続ければ,人が本来持つ可能性を実現し合う世界へと繋がっていくだろう。

参考文献

NewsPicksパブリッシング
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