基本情報
| タイトル | リーダーの傾聴 なぜ、部下の不満に気づけないのか |
|---|---|
| 著者 | 濱本 志帆 |
| 出版社 | 総合法令出版 |
| 発売日 | 2025年10月10日 |
| ページ数 | 312ページ |
はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

概要

感想
本書は,社労士として現場トラブルの対応に当たってきた筆者により,部下の不満を吸い上げることが会社の危機を救うキッカケになるということを説明する書籍である。『心理学に学ぶ鏡の傾聴』でも述べられている通り,傾聴とは本来「相手を動かそう」として行うものではない。そのため,本書の主題は一見,傾聴の原理原則には反しているともいえる。しかし,「本書で伝えたいのは人を動かすテクニックではなく,指示や対話が機能しやすくなる組織のOSを整えることである」との記述がある通り,本書は傾聴の大前提を押さえた上で書かれた書籍であることがわかる。
傾聴がこれほどまでに世の中に広まったのは,傾聴の持つ実践的な側面が注目されたからに他ならない。原理を重んじることも大切だが,本書のように実用的な側に光を当て,日常で活用しやすくした書籍もまた,十分に価値があるものと考えられる。ただ個人的には,タイトルに「傾聴」と入れている割には傾聴の本質に踏み込んだ記述は少なく,筆者自身の経験談を少しだけ構造化してみたような内容にとどまっているように思える。本書では一貫して「不満を聴けば,社内トラブルの8割が解決できる」と主張しているが,良くも悪くも,本書全体がこのメッセージングを広く薄く展開したような構成となっており,同じことが繰り返し述べられている印象が否めない。
冒頭では,上司が部下の意見や気持ちを聴かないことで部下が何も言わなくなってしまう現象の説明がなされる。会社で働くメンバーにとっては「公正性」が極めて重要であるが,上司が部下の話を聴かないと「自分は尊重されていない」と感じさせてしまい,公正性が担保できなくなってしまうという背景がある。
しかし,上司は上司で,メンバーのパフォーマンスが芳しくない場合に,不満を聴くことだけに徹することはなかなか難しいかもしれない。部下からすれば「不満を聴いてもらえないからパフォーマンスが下がる」状況であり,一方で上司からすれば「パフォーマンスがイマイチだから指示や説教が必要で,話を聴く余裕がない」状況である。これはまさに鶏と卵の関係に陥っているといえる。この場合でも,まずは上司の側から部下の不満を聴こうと歩み寄ることが,トラブル解消のキッカケになることが多い。
上司が部下の話を聴いておけば,仮にトラブルに発展した場合でも,会社側の立場として事実関係に基づいたストーリーが構築できるため,セーフティーネットという意味でも有効に働くことがある。逆に,傾聴の文脈で繰り返し戒められていることではあるが,アドバイスをしたり,マウントを取ったり,言質を取ったり,論破をしたり,あるいは恩着せがましく振る舞ったりすることは,傾聴とは真逆の方向に進んでしまう。これでは部下の不満を聴き出すことはできず,「上司には何を言っても無駄だ」という無力感を部下に植え付けてしまうことになる。一度失った信頼を挽回するのは,極めて困難であろう。
上司や経営者として意識するべきは,会社が社員を評価するように,社員も会社を評価しているという事実である。最も顕著な評価は退職である。今の時代においては転職前提のキャリアを築くため,個人的にはポジティブな退職もたくさん存在すると考えているが,本書では退職をネガティブ評価の現れであると説明している。使用者(上司)への不満や職場環境・人間関係の悪化により,退職という選択を行う社員が多いそうだ。退職は極端な例だが,例えば遅刻や無断欠席が増えたり,残業を避けたり,消極的になったりすることもあるという。
上司は部下の問題行動に直面したときには,その裏側に思いを馳せるようにするとよい。例えば,部下の不満が「もっと尊敬されたい」や「感謝されたい」であった場合には,その問題行動を正そうとする前に話を聴いて尊敬や感謝を伝えるようにすることで,部下の態度が改善するケースもあるだろう。裏の気持ちを考えようとする前に,問題から目を背けて「気にしすぎだと思うよ」のように逃げるのは言語道断である。
部下の話を聴こうとしても,部下が話をしてくれないことがある。その場合は,「部下をフラットに知ろうとすること」が大切である。聴き手への信頼が十分でない場合,部下は本心や本当の要求を最初から話さないことがある。部下は,上司が自分の要求に真摯に向き合ってくれるかどうかを,手前の小さな要求を出すことで様子見しているのである。部下の要求は話を聴く中で変化していくこともあるため,途中で決めつけたり結論を急いだりしてはいけない。
また,部下に指示を与える場合には,トップダウンの命令ではなく,指示の意図を理解してもらえるような「リクエスト」を行うべきである。「〜してください」ではなく「〜してみない?」という具合である。指示の意図が理解できない場合には,部下は「パワハラだ!」と訴えかねないからだ。
上司は「それは常識だ」という発言をしてはならない。常識というのは往々にして自分の価値観で形成されているものであり,自分と向き合ってこなかった上司は,自身の価値観が偏っていることをメタ認知できていないため,結果として常識と呼んでいるものも歪んでいる可能性がある。多くの上司は「自分のことは自分が一番よく分かっている」と思っているが,実際にはそうではないため,カウンセリング等を通して自己理解を深めていく必要がある。
傾聴の文脈における自己理解は「自己一致」とも呼ばれており,ロジャーズの提唱する傾聴の3要素のうちの一つである。このあたりは『心理学に学ぶ鏡の傾聴』や『傾聴の極意 「カウンセリングの神様」カール・ロジャーズの教えと〈これからの聴き方〉』に詳しい。
『プロカウンセラーの共感の技術』でも述べられている通り,傾聴を行うときは自分の意見を脇に置いて聴くことに徹する必要がある。本書でも,1on1の50分の間は自分の価値観を脇に置くとよいと書かれている。自分の価値観を前面に出すからこそ言い合いになるのであり,自分の価値観を脇に置くことができれば,対立を防ぐ効果もある。1on1の目的は部下を正すことではなく,「知ること」である。それを念頭に置いて,聴くことに徹したい。
多くの傾聴の書籍でテクニックとして紹介されているが,「なぜ」という言葉には棘があるため,「どんな」や「何」という言葉を使うようにするとよい。「なぜそんなことをしたの?」ではなく,「これを行った背景には何があるの?」といった問いかけが有効である。
これも多くの書籍で言われているが,傾聴においては受容が大切である。しかし,受容と同調は別物であり,上司は思考停止で部下と同調するだけではいけない。あくまでも評価やレッテルを抜きにして,「そうなのですね」とありのままを受け止めて寄り添うことが求められているのであって,「それは絶対に相手が間違っているよね」のように同調することは求められていないのである。
パワハラ行為は仕事のできる人がしやすい傾向にあるが,これは自身の成功体験を苦労の積み重ねと理解し,その苦労を部下に強いて同じような喜びを感じさせようとするからだという。部下に喜びを感じてもらうことや,チーム全体で成果を出すことが上司の「報酬」である場合,部下が上司の意図通りに動かないとその報酬が得られないリスクが生じるため,注意喚起という形でパワハラに及んでしまうことがあるのだ。
とにかく大切なのは,ハラスメントをはじめとした社内トラブルを未然に防ぐことである。往々にして社員が会社を訴える動機には報復感情があるケースが多く,そのような報復感情を芽生えさせる前に不満を聴くことでトラブルを回避することができるのだ。
仮にトラブルに発展してしまった場合には,公的な制度である「あっせん」を利用することが推奨される。裁判に進む前に第三者や専門家に頼って問題を解決できる可能性がある。裁判と比べて「簡易・迅速・廉価」であるあっせんを使わない手はないだろう。あっせんでは次の順番で問題の解決を図るため,「交渉フェーズ」において両者の関係性を維持する解決策が見つかる可能性もある。
- 検討フェーズ
- 相談フェーズ
- 交渉フェーズ
- ADR(Alternative Dispute Resolution)フェーズ
- 民事訴訟フェーズ
上司は,部下がなんでもハラスメントだと言いがかりをつける「ハラスメント・ハラスメント(ハラ・ハラ)」に対しても真摯に向き合う必要がある。本質的にはハラ・ハラの裏に隠れた主訴を理解することが大切であり,ここでも傾聴が必要とされるのだ。

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