はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報
| タイトル | 人を動かす傾聴力 |
|---|---|
| 著者 | 林田 康裕 |
| 出版社 | ぱる出版 |
| 発売日 | 2024年02月16日 |
| ページ数 | 208ページ |
概要と感想
本書は,傾聴における「人を動かす力」に焦点を当てたものである。『心理学に学ぶ鏡の傾聴』でも述べられている通り,傾聴とは本来「相手を動かそう」として行うものではない。そのため,本書の主題は傾聴の原理原則には反しているともいえる。しかし,傾聴がこれほどまでに世の中に広まったのは,傾聴の持つ実践的な側面が注目されたからに他ならない。原理を重んじることも大切だが,本書のように実用的な側面に光を当て,日常で活用しやすくした書籍もまた,十分に価値があるものと考えられる。
著者は冒頭で,傾聴と「人を動かす力」の関係を説明している。
目の前の方が動いてくれないのはなぜか。それは,心が動いていないからです。そしてその心を動かす為には何が必要なのか。高圧的な指示や命令ではなく,目の前の方が自らの想いに気づく事です。そしてそれを実現する事ができるのが傾聴です。
『人を動かす傾聴力』p.16より引用
このメカニズムとしては,傾聴をすることで相手が気づいていない気持ちに気づかせる事ができ,結果として相手の主体性を引き出す事ができるのだ。これはいわゆる内発的動機づけとよばれるものだ。
傾聴を行うためには次のことに意識する必要がある。
- 相手が気づいていない気持ちに気づかせることが目的であると理解していること
- 相手が主役であること
- 無意識の偏見(unconscious bias)に囚われないこと
- 目の前の人をパターン化しないこと
- 相手の言葉を「スケッチ」すること
- 言葉の定義を合わせること
- 判断を早とちりしないこと
- 答えを提供することが目的にならないこと
- 相手をコントロールしないこと
特に5.は興味深く,傾聴ではただ相手の「言葉」を聴くだけでは不十分であることを示唆している。『心理学に学ぶ鏡の傾聴』の言葉を借りれば,相手が感じていることや考えていることを相手になりきって追体験する必要がある。そのため,自分の頭の中で相手の体験をスケッチするように話を聴いていくのが望ましい。なお,『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』で「自己実現を求める衝動」と表現されていた欲求は,本書では「誰もが,自分は人生の主役でありたいと思っている」と記述されている。
言葉の本質は,発した本人に最も強く作用するという点にある。この性質こそが,傾聴のメカニズムを支えている。相手の言葉を引き出す支えとなることで,話し手自らの考えが明確になっていくのである。カウンセリングの場では聴き手が話し手に何かを伝えたいという場面は少ないが,ビジネスシーンや日常会話においては起こり得ることだろう。その際,伝えたいことが伝わらないからといって,意地になって説得しようとしてはいけない。むしろ相手の話を丁寧に聴き,相手に「言葉」を発させることで,その言葉を相手自身に作用させる。そうすることで,相手がまだ気づいていない自身の気持ちに気づかせることを目指すのである。
傾聴においては,具体的なスキルよりも「相手を敬うこと」と「相手を信じ切ること」という2つの土台が何より大切である。相手を敬う心が欠けていれば,聴き手が自分の意見やアドバイスを押し付ける構図になりがちだ。相手が「敬われていない」と感じれば,聴き手に心を開くことはなく,傾聴以前の問題となる。また,相手を信じ切る土台がなければ,途中で自分の意見を挟みたくなったり,聴き続けることが苦痛に感じられたりするだろう。正解を教えてくれる人よりも,分かってくれて,信じてくれる人。人はそのような相手にこそ心を開くものであり,聴き手にとっても,そこで初めて傾聴の土台が整うのである。
本書では,傾聴のポイントとして「完全な他人軸になる」ことが挙げられている。しかしこれは,『心理学に学ぶ鏡の傾聴』で述べられている「自分軸で聴くこと」とは真逆の主張である。どちらの言い分も理解できるが,個人的には「自分軸で聴くこと」が重要であると考えている。傾聴が本質的に五つの鏡から成り立っていること,そして相手を傾聴するためには,まず自分自身を傾聴できていなければならないことを踏まえれば,傾聴とは相手軸で聴くことではなく,自分軸で聴くことであると整理できるはずだ。
以下の一節は,自分が今まで周囲の人間にしてきてしまったことがそのまま書かれていてゾッとした。
「心理的リアクタンス(抵抗)」という作用があります。これは…「自由を制限されたり奪われたりすると,自由を回復しようとする心理が働く」というものです。自分が少ししか話していないのに「こうすべきだよ」「それは間違っているよ」「それじゃダメだよ」と言われても,納得できないですよね。納得できなければ,もちろん行動に移しません。指示や命令をされるのは誰でもイヤですよね。イヤなだけではなく,自由を奪われる感覚を覚えます(相手を尊重する事は本当に大切です)。なので,やはり話し切ってもらう事はこの上なく重要だという事になります。
『人を動かす傾聴力』p.98より引用
自分自身の性格上,自分の意見こそが正義だと思い込んだり,教科書的な知識が常に正しいと信じたりしやすい傾向がある。しかし,自分の意見が間違っていることなど珍しくないし,状況次第では教科書的な知識が通用しない世界も存在する。誰かから相談を受けたり,悩みを打ち明けられたりした際,話を聴くやいなや「これはこうするべきだね」と頭でっかちなアドバイスをしていた自分を恥ずかしく思う。今は傾聴スイッチを入れた場合,とにかく相手に最後まで話し切ってもらうことを意識している。
『心理学に学ぶ鏡の傾聴』では,事柄と気持ちを切り分けて聴くことの大切さが説かれているが,本書ではそれを「事実」と「解釈」を切り分けると表現している。解釈には話し手の気持ちが込められているため,事実を把握した上で解釈を理解しようと努めることで,相手の気持ちをより深く理解できるようになるという。
個人的には,冒頭で傾聴のポイントとして挙げられていた「スケッチするように聴く」という表現は,あまり適切ではないと感じている。スケッチしようとすれば,どうしても「事実」に焦点が当たりすぎてしまうからだ。傾聴で聴くべきは解釈の上に乗った相手の「気持ち」であり,スケッチという描写では気持ちを聴こうとするスタンスが含まれていないように思える。
ただ本書では,相手を100%理解するコツとして「事実→解釈→事実→解釈……」と交互に聴いていくことを推奨している。そのため,スケッチという表現を用いながらも,事実に対する気持ちを聴くことが大切であるという傾聴の基本は押さえられていることが分かる。なお,個人的には相手を100%理解するのは不可能だと考えている。100%理解できないからこそ,相手を敬う心が不可欠になるのではないだろうか。
『心理学に学ぶ鏡の傾聴』において「準拠枠」と表現されていた概念について,本書では「目の前の人がかけているのと同じメガネ(固定概念・考え方・価値観)で見ること」と表現されている。ここで「固定概念」という言葉が使われているが,これは「固定観念」の誤用であろう。文章の校正が甘すぎると感じざるを得ない。この誤用を目にした瞬間,本書に対する信頼感は失われてしまった。タイトルの時点で「この著者は傾聴の原理を真に理解しているのだろうか」と懐疑的になっていたが,内容も感覚的で体系立てて整理されていないため,結局のところ何を主張したいのかが判然としない書籍であった。

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