はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報
| タイトル | 一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本 |
|---|---|
| 著者 | 古宮 昇 |
| 出版社 | 総合法令出版 |
| 発売日 | 2020年10月09日 |
| ページ数 | 300ページ |
概要と感想
本書は,ベーシックな傾聴の教科書ともいえる書籍の1つである。キャッチー過ぎず,哲学的すぎず,実用にも寄り過ぎていない,非常にバランスの取れた内容だ。本書の興味深い点は,傾聴の本であるにもかかわらず,第1章から第5章までを割いて人間の心の成り立ちについて解説している点にある。多くの書籍が傾聴テクニックの解説を優先するところを,本書は人間の心の原理から傾聴のアプローチを紐解いていくという手法をとっている。
人間は,本能的に以下の衝動をもっているという。
- 自己実現を求める衝動
- 無条件の愛を求める衝動
- 「自分を表現したい」と求める衝動
- 「変わりたくない」という衝動
自己実現を求める衝動とは,「自分の生に意味を見出したい」という,命あるものに内在する根本的で激しい衝動であり,すべての人が魂のレベルで望んでいることだと筆者は説明する。幼児がハイハイやつかまり立ちをしようとするのも,自己実現を求める衝動の一種であるという。逆に,「なるべく楽をして最大の得をしよう」という態度で生きると,生きる意味も自己実現の喜びも乏しい人生になってしまう。
また,子どもは親から無条件の愛を感じることで,自分のことを好きになれる。子どもが親に求めているのは,ありのままの自分をただ大切に思ってもらうことなのだ。逆に,無条件の愛を感じられないと,子どもは親の顔色を伺うようになり,本音を抑え込んでしまう。さらに言えば,親の愛情が感じられないことは,子どもにとって強烈な怒りを抱く要因にもなり得るのである。
親から無条件に愛された実感が乏しい人は,寂しがり屋になります。そして,「自分をすべて理解して受け入れ,関心を寄せてくれる理想の親」という幻影を,知らず知らずのうちに他人に求めてしまいます。
…そして,「親が私のことを十分には愛してくれなかったのと同様に,他人は私に対して否定的だ」という人間不信の感覚を抱きながら人と関わるようになります。
人から距離を置き,本当の自分を見せないのも同じ理由です。傷つきは心の壁をつくらせます。自分を素直に見せなかったり,人から距離を置いたりする人ほど,愛情飢餓感が強く,人間不信を抱えているものなのです。
…無条件に愛された実感に乏しい人ほど,完璧症になりがちです。…「完璧にしなければ愛される価値がない」と信じているからです。
『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』p.76.78.81より引用
自立とは,親から受けた愛情を心のうちに抱いて歩んでいくことです。
『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』p.82より引用
このような背景から,世の中に幸せを増やすために必要なことは,「ありのままのあなたを大切にしている」というメッセージを伝えることなのであろう。
「自分を表現したい」という衝動の切実さは,仮に服装や髪型が完全に統一された世界を想像してみれば分かりやすい。誰もが強烈な息苦しさを感じるはずだ。一方で,「変わりたくない」という衝動は現状維持の欲求である。人間は,この維持の欲求と「自己実現を求める衝動」という,矛盾する2つの性質を併せ持っている。傷つくことを避けて変化に抵抗し,成長よりも現状維持を優先し続ければ,人生は空虚になり,胸の奥には悲しみが残ることになるだろう。
また,傾聴の大前提は「性善説」に立つことである。すなわち,人は「もっと愛したい」「もっと成長したい」という発展的な本質を備えていると信じることから始まる。もしこの前提がなければ,私たちが他者に対して行うべきことは,相手の気持ちを理解し大切にすることではなく,正しいことをするように強制し,間違えたときには罰を与えることになってしまう。
本書では,ヨガの先生に褒められたものの素直に喜べなかったというエピソードが紹介されている。これは「今までの自分のあり方が正しい」と思いたかったからであり,他者にもそう認めてほしかったからである。その根源には,「自分は正しくなければ価値がない」という自己無価値感がある。次の一節は,私自身にとっても非常に深く刺さるものであった。
プライドの高い人は,自分のことを優秀で正しいと信じなければ不安になってしまうので,「おかげさまで良くなりました」と謙虚に認めることができないのです。
また,自己無価値感の強い人ほど,他人の言動によって「自分を否定された」「無視された」と感じて傷つくことが多くなります。それはただの妄想なのですが,本人は妄想だと思っていません。
本当の問題は,自分自身を否定しているところです。自己無価値感によって「もっと正しい立派な自分にならなければならない」と感じて焦って,人間関係でも傷つきが増え,追い詰められてしまいます。
『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』p.108より引用
本書で傾聴の定義が記されている箇所を抜粋する。
誰もが,「そのままの自分のことをわかってほしい,大切に思ってほしい」と強烈に求めています。それが無条件の愛を求める衝動です。
そして傾聴とは,その衝動を高い程度に満たす人間関係を提供する営みです。
傾聴がもたらす人間関係において,私たちは「聴き手は自分のことを共感的に理解しているし,自分を大切に思ってくれている」と感じます。
その実感が強いほど,「自分を表現したい」衝動に従って,自分の本音を正直に語りたくなります。
自分のことを素直に語り,それがさらに共感的に理解されると,自己成長力,自己治癒力が働き,感情を抑圧していたものが徐々に緩んでいきます。苦しみなど本音の感情を語りはじめ,苦しみの原因となっていた心の痛みをみずから探究し始めます。その探究が進むにつれ,それまで自分を制限していた思い込みが徐々に緩み,現実的な考えへと変化していきます。
『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』p.118より引用
この傾聴を実現するために,以下の3点が重要だという。
- なるべく話し手の身になって共感し理解すること
- 「話し手の気持ちや考え方や行動を変えないといけない」とは感じず,そのままの話し手を温かく受け入れ,大切に感じること
- これらの態度が表面的で形式的なものではなく,本音を偽っていかにも共感的で受容的に振る舞っているわけではなく,心の底からそう感じていること
話し手の身になって共感することは,決して聴き手の物差しを話し手に当てはめて判断することではない。この点は,岩松氏がよく引用する「同感ではなく共感」という概念と本質的に同じことを主張している。評価や判断を脇に置き,話し手の経験,感情,考えなどを,できる限り相手の立場に立って理解する必要があるのだ。
援助したいという気持ちを押し付けてしまうと,話し手が聴き手に合わせてしまい,本当の自分を出すことができなくなる。求められているのは,主語が「あなた」である共感であり,主語が「わたし」である自分の気持ちを押し付けてはならないのである。
また,話し手と同じ経験をしていなければ共感ができないというわけではない。むしろ,同じ経験をしていると共感ではなく「同感」に陥る可能性が高く,未経験の方がかえって傾聴しやすいケースもある。傾聴とは,話し手が表現していることや伝えたい感情を,できるだけ相手の身になって想像・理解し,その理解した内容を言葉にして相手に返すプロセスを指す。
ここまでが「共感的理解」に関する内容だが,傾聴においては「ありのままの話し手を受容すること」も同様に重要である。人間には誰しも二面性がある。勤勉なときもあれば怠惰なときもあり,温かく優しいときもあれば冷たく厳しいときもある。倫理や道徳は,これら二面性のいずれか一方であるべきだと強制するため,ある意味では人間の本質に反しているといえる。極論だが,傾聴では「親が亡くなってせいせいした」といった複雑な感情さえも受け入れる必要があるのだ。
耳の痛い話だが,聴き手は自分の経験に基づいたアドバイスを行ってはいけない。話し手が真に求めているのは,アドバイスではなく共感だからだ。個人的に驚いたのは,傾聴では安易に褒めたり勇気づけたりすべきではないという点である。ポジティブな声かけであっても,それが評価である限り,話し手に「そのように振る舞わなければ拒否される」という不安を植え付けてしまう可能性がある。無条件に話し手を尊重することこそが,傾聴の本質なのだ。さらに,傾聴では褒めたり勇気づけたりするべきでもない。ポジティブな声かけは,話し手に「そのようにしなければ拒否される」という感情を植え付けてしまうからだ。無条件に話し手を尊重する必要がある。
著者がカウンセリングにおいて目指している状態は,ニール・ドナルド・ウォルシュ著『神へ帰る』をもとに,次のように表現されている。
温かく抱擁されている,深く慰められている,愛情を持っていたわられている,深く大切に思われている,純粋に宝物のように扱われている,そっと優しく育まれている,深く理解されている,完全に赦されている,すべてが許されている,待ち望まれている,喜んで歓迎されている,完全に価値があると見なされている,うれしく祝福されている,完全に守られている,今すぐ完全な状態にされている,そして,無条件に愛されている。
『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』p.166より引用
傾聴では「自分の心に素直であること」も重要である。話し手に共感しようとすると,聴き手の心にある未解決の傷が痛み出すことがある。その結果,悲しみや苛立ちが湧き起こり,冷静に話を聴くことが困難になってしまうのだ。自分のことを大切にできない人は,他者のことも真に大切にすることはできない。相手のために尽くしているようで,その実「私がこれほどしているのだから,あなたも私に応えるべきだ」という代償の要求が混じってしまうからだ。
自分自身を大切にできてこそ,「他者に優しくなければならない」という義務感からではなく,人を思いやる気持ちが自然と湧いてくるようになる。本来の自分らしさが輝き出すよう援助することこそが,傾聴の本質なのだ。
傾聴によって話し手の心が緩めば,心の自己治癒力や自己実現の力が働き始める。個人的には,この「話し手が話し手自身で回復していく」というプロセスが最も大切だと感じている。だからこそ,同感ではなく共感をベースに話を聴く必要があり,アドバイスを与えるのではなく,話し手自らの言葉で気づきを得られるよう寄り添う必要があるのだ。
本書ではこの後,傾聴で使えるノウハウやテクニックの話が続く。これまでと比べて本質的ではない内容が続くため,箇条書きで要点を押さえておく。
- まずはリラックスする(話を聴く前に身体の状態が大切)
- 関心があるということをジェスチャーや豊かな反応で伝える
- 話し手の言葉を同じ言葉で繰り返す(やりすぎ注意)
- 話し手の感情に反応する(事柄だけに注目すると傾聴ではなく事情聴取になる)
- 沈黙を恐れない(沈黙自体にも,例えば話し手が思考中であるという意味がある)
- 傷は触るのではなくそっと包み込む(無理に話させるのではなく,話し手のペースでありのままを受け入れる)
他にも,以下の一節はかなり刺さった。
話し手が…「聴き手のことを話して欲しい,アドバイスが欲しい」と求めるとき,本当は聴き手についての情報が欲しいわけでもアドバイスが欲しいわけでもなく,「もっとあなたの関心が欲しい,愛情が欲しい」と願っているのです。
しかし,他人が本当にその欲求を満たすことはできません。その欲求は,「(親など)重要な人が自分を十分に愛してくれなかった,十分に暖かい関係を注いでくれなかった」という愛情飢餓感によるものだからです。
私たちにできることは,話し手の気持ちをなるべく話し手の身になって共感的にわかろうとすることです。
『一生使える!プロカウンセラーの傾聴の基本』p.272より引用
最後に,本書の「おわりに」でまとめられている良い聴き手の特徴をまとめておく。
- リラックスして腹が据わっており,話し手との心の壁があまりない
- 自分自身の未解決の心の痛みや葛藤が高い程度に解決され癒やされている
- 自分の勝ちや有能さを感じるための援助はしない
- 話し手のありのままを尊重する
- 話し手の気持ちを話し手の身になって理解するゆとりがある
- 話し手の幸せを心から願っている
- 技術が高く,共感が話し手に伝わり,話の邪魔をせず耳を傾けられる
- 深く正確に共感するための理論をよく理解している

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