【読書記録】キャリア教育の射程

目次

はじめに

私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報

タイトルキャリア教育の射程
著者日本キャリア教育学会
出版社実業之日本社
発売日2023年06月24日
ページ数296ページ

概要と感想

本書は,日本キャリア教育学会のニューズレターに掲載された原稿を編纂したエッセイ集である。テーマはコロナ禍がキャリア教育に与えた影響から,障がい学生の支援,ジェンダー論まで多岐にわたる。現場の担当者や当事者のリアルな声が反映されており,キャリア教育の枠組みを客観的に論じる一般的な学術書とは一線を画す内容となっている。一方で,各エッセイが数ページで完結するため,なかには考察が表層的な内容に留まっているものも見受けられた。

構成を振り返ると,第1部「新型コロナウイルス感染症によって生じた様々な変化」については2025年現在では既知の情報が多く,個人的には新たな示唆を得るまでには至らなかった。しかし,第2部「キャリア教育の多様性」では移民・障がい・ジェンダー・DVといったテーマがエッセイ特有の生々しさをもって描かれており興味深く読み進めることができた。続く第3部「キャリア教育の起承転結」では,多様なキャリアの在り方が示されている。従来の終身雇用や年功序列を前提とした社会とは全く異なるパラダイムが広がっていることを痛感させられた。そして最終章となる第4部「新しい時代のキャリア教育について様々な立場から考える」では,具体事例を紐解いた第3部とは対照的にメタな視点からキャリア教育の将来像を展望する内容となっている。

以下に,管理人が新たな気づきを得られたエッセイを列挙する。

  • 性の多様性からみるキャリア教育 [第2部 三部倫子 p.116]
  • 過酷な"通過儀礼"としての就職活動ージェンダー、セクシュアリティの視点からー [第2部 荘島幸子 p.119]
  • 当事者の就職・キャリア形成について考える [第2部 原田泉 p.121]
  • かわったこと、かわらないことー職場での性別移行についてー [第2部 ほんまなな p.123]
  • 多様なジェンダー・セクシュアリティをどれだけ想定することができるか [第2部 松岡宗嗣 p.127]
  • 女性研究者の卵を育てる [第2部 青の篤子 p.136]
  • 灯火をつなぐ [第2部 大坪久子 p.138]
  • DV被害を経験した女性のキャリア支援 [第2部 小川真理子 p.141]
  • 「雇われない生き方」を排除・阻止する就職・キャリア支援のあり方を問うー「企業」を阻むカウンセラーという名の門番たちー [第3部 岩切準 p.154]
  • 「社会起業家」というキャリアを選ぶ人々の活動スタイル [第3部 松井孝憲 p.154]
  • なりたい私になりたくて [第3部 田川貴雄 p.182]
  • 知行合一であることが、自分のウェルビーイング [第3部 寺西隆行 p.202]
  • 社会起業家・政治家のキャリア [第3部 武内伸文 p.217]
  • 引退無用のライフタイム [第3部 阿部千春 p.228]
  • "接続"を超え、"両立"へ [第4部 橋本賢ニ p.238]
  • 職業情報の合理的活用に関する知見 [第4部 鎌倉哲史 p.243]
  • 感謝の関係で広げる社会関係資本 [第4部 柏原拓史 p.246]
  • 即実行できる風土が教員企業家を作るー大学教員による企業ー [第4部 石原田秀一 p.246]

恥ずかしながら,本書を通じてLGBTQの方々が就職活動において直面する困難を初めて知ることとなった。言われてみれば,生物学的な性に基づいて身なりやマナーが規定される現在の就活は,旧来のジェンダー観に固執していると言わざるを得ない。トイレ問題に対し,「どちらを使うんだっけ?」といった自然な思いやりに救われたという当事者の体験(第2部「当事者の就職・キャリア形成について考える」)も紹介されており印象に残った。

女性のキャリア問題に関しては,「リケジョ」という呼称の功罪を問うエッセイ(第2部「女性研究者の卵を育てる」)が興味深い。「リケジョ」という言葉が独り歩きすることで,彼女たちを「特別な存在」として際立たせてしまい,かえって他の女子学生に「自分にはそのような才能はない」と意欲を喪失させる懸念があるとの指摘は鋭い。

管理人自身も強く共感するが,キャリア支援とは本来,個人の価値観や軸と向き合う営みであり,決して進学先や就職先の提示に留まるものではない。第3部「『雇われない生き方』を排除・阻止する就職・キャリア支援のあり方を問う」では,キャリアカウンセラーが時に「起業」などの選択肢を排除してしまう危うさが指摘されていた。こうした現場の硬直性に一石を投じる視点は,今後の支援の在り方を考える上で極めて重要である。

未だ忘れられない経験は,大学の就職キャリア支援の相談室に,内定を全て断り,NPOで起業しようと決めたことを報告に行った時のことです。私の想いや考えを一切聞くことなく,絶対に内定先の企業に就職するべきだということを繰り返し伝えられました。そして,私の背景を全く知らない中で,いかに私が無知で経験が不足しており,いかにリスクが高いことをしようとしているのか,起業は後で後悔する愚かな選択であり,不幸な末路となることを延々と聞かされました。就職・キャリア支援のカウンセラーに,起業の経験がある人に,起業について相談したいと伝えると,そんな人はいないし,そんな相談は受けられないと言われました。ここには私が描くキャリアをサポートしてくれる人は存在せず,どこかにつなげようという意志も皆無であることがよくわかりました。

あれからもう15年以上が経ちますが,「この中の選択肢の中から選びなさい」「選択肢に合わせて自分を魅せなさい」という就職支援はあっても,それぞれの考えや価値観に寄り添い,主体的な生き方を創り上げていくキャリア支援ができるところはまだまだ数少ないのではないでしょうか?

「進路・キャリア=進学・就職」ではないはずです。進路・キャリアは,本来,限られた人生をその人自身がどうよりよく生きるかを考えるためのものです。そこには多様な選択肢があり,時には選択肢すらないこともあるはずです。これからのキャリア支援は,学校内外に関係なく,相談者が描いているキャリアをより鮮明にし,創り上げていくことができるように,場や機会,人をコーディネートしていくことが求められています。

「キャリア教育の射程」p.155より引用

自身のキャリアを「Will・Can・Must」のフレームワークで棚卸し,過去の選択を振り返るエッセイ(第3部「知行合一であることが、自分のウェルビーイング」)も収載されている。このような"優等生エッセイ"を読むと,ついつい「自己実現に向けたキャリアを主体的に選択してきた」という印象を抱きがちであるが,実際には過去を遡って言語化しているからこそ結果的に整って見えるだけであり,その実態は,いわゆる「川下り型」の意思決定であることも少なくない。ここで重要なのは,フレームワークの完成度そのものではない。定期的に何らかの枠組みを用いて自身のキャリアを棚卸し,内省した上で次の行動へと繋げていくスタンスそのものにあるのだろう。

管理人が最も刺さったエッセイは,第3部「職業情報の合理的活用に関する知見」である。管理人は本業において求職者と求人をマッチングさせる事業に携わっている。この事業は,少子高齢化社会における人手不足の解消と個々人が主体的にキャリアを切り拓き幸せを追求することを目指すものである。その実現のため,システムによるマッチングやアドバイザーを介した支援を行っているが,こうした自らの取り組みに対して本エッセイの著者は次のような鋭い指摘を投げかける。

適性・定着率・実現可能性といった近代的・合理的な価値観はしばしば「大きなお世話」であり,選択を束縛する枷とすら見なしうる。

「キャリア教育の射程」p.244より引用

南北戦争後の労働搾取問題を端緒に,歴史的な観点から特性や適性に応じたマッチングの意義を肯定しつつも,本エッセイの著者は次のような懸念を表明している。

個人にとって合理性は数ある職業選択の指針の1つに過ぎない。合理的な職業選択の道を示す。その上で本人が望めばその手助けをする。ここまでがキャリア教育の役割であって,「非合理的な職業選択をすべて『未熟』と捉え,合理的な職業選択へと『指導』する」のは行き過ぎであろう。

…私の価値観からすればAIが合理的に判定した職業に人間が就く社会などディストピア以外の何物でもない。

求職者が自らの意思に基づき職業を選択する際,各々が重視する情報をピックアップして活用するような職業情報インフラであってほしい。その実現のためには単に情報が整備されるだけでなく,それを自律的に活用できるようなリテラシー教育,およびキャリアコンサルタント等の専門人材のサポートが一層重要となるだろう。人間が主,情報が従という関係が今後も逆転しないよう願っている。

「キャリア教育の射程」p.244より引用

人材紹介サービスを開発する管理人の経験からしても,AIが合理的に判定した職業に人間が機械的に就く社会は一種のディストピアに思える。しかし,AIは選択肢の提示や潜在的な可能性の発掘において大きな力を発揮する。最終的な意思決定を人間が行うという前提のもと,主体的にAIを活用する土壌が整えば,キャリア支援の現場で人間とAIが共存する未来も十分あり得るだろう。

参考文献

実業之日本社
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