はじめに
私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。
基本情報
| タイトル | 「何者でもない自分」から抜け出すキャリア戦略 |
|---|---|
| 著者 | 森数 美保 |
| 出版社 | 日本能率協会マネジメントセンター |
| 発売日 | 2025年04月25日 |
| ページ数 | 220ページ |
概要と感想
本書籍は,やりたいことが見つからない人に向けて,独自のキャリア戦略を解説するものである。『キャリア・スタディーズ』や『キャリア教育がわかる』でも述べられている通り,日本の学校教育では小学生の段階から「夢」や「将来就きたい職業」を語らせる傾向がある。そもそもキャリア教育がワークライフ(職業)の枠内に閉じている点に課題があるが,そもそも「夢」や「職業」として語れるものを持たない子どもだっているはずだ。これは子どもに限らず大人も同様で,いわゆる「Will」がないと悩む社会人は多い。本書は,そのような悩める大人に対し,明確なやりたいことがなくても自ら未来を選べるようになる考え方を提供してくれる。
一方で管理人としては,本書で解説されているフレームワークは,まだ構造化が甘いという印象も受けた。やりたいことが見つからない人向けの別書籍『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』の方が,フレームワークとしてはよりシャープかつ洗練されていると感じる。しかし,本書の「ライフステージ変化への対応」の章は,著者の生々しい実体験に基づくエッセイのような内容であり,非常に心に刺さった。本来の趣旨とは少し異なるかもしれないが,管理人のライフキャリアに対する捉え方を少し変化させてくれる一節であった。
本書籍の主張は,やりたいことに基づいたキャリア戦略は
- 選択肢が知っているものに限定される
- やりたいことが得意なこととは限らない
- やりたいことは時間とともに変化する
- やりたいことに固執すると他の可能性を見失う
という落とし穴があるから,やりたいことが見つからない状況でも心配はいらず,むしろ未来の可能性を広げられるチャンスであるというものである。このような背景から,筆者は市場価値を「掴めるキャリア選択肢の多さ」と定義している。
筆者は「やりたいことが見つかったときに,それをすぐに掴める自分になるために,あらかじめできることを増やしておく」というキャリア戦略を採っている。さらに,過去を再解釈して活用することで,今取り組んでいることに意義を見出してキャリアの可能性を拓いていく方法を解説している。
これは本質的に『WILL「キャリアの羅針盤」の見つけ方』で主張されている内容と共通している。つまり,VUCA(Volatility:変動性・Uncertainty:不確実性・Complexity:複雑性・Ambiguity:曖昧性)の時代の時代においては,固定的な目標を掲げて一点突破で突き進むことはむしろリスクであり,キャリアを迷走させる要因にもなり得るという主張である。それよりも,自分が大切にしている価値観や軸を言語化し,それらを「羅針盤」としてその時々のキャリア上の意思決定を行っていくべきである,という論旨だ。
本書籍がベースにしているキャリア理論を以下に列挙する。本書では,これらの理論と個人を構成する要素の掛け算によってキャリアを捉えている。
- キャリア構築理論(マーク・サビカス)
-
個人の価値観や人生の物語を通して主体的にキャリアを構築する理論
- プロティアン・キャリア理論(ダグラス・ホール)
-
環境変化に応じてキャリアを柔軟に適応させ,自分の価値観を軸として意思決定する理論
- 計画的偶発性理論(ジョン・クランボルツ)
-
予期せぬ出来事をキャリアの転機として活かす力を重視する理論
- バウンダリーレス・キャリア理論(マイケル・アーサー)
-
組織の境界を超えて自由なキャリアを構築するための理論
具体的な過去の振り返り方法としては,これまでの経験を洗い出した上で,「好き」「得意」「ストレス」のラベルを貼る手法が紹介されている。これにより,ラベルのない経験は「仕事として割り切れるが特に感情は動かないもの」,「好き・得意」の双方が付いた経験は「最も価値を発揮できるもの」,「得意」のみの経験は「成果は出せるもの」,「ストレス」が付いた経験は「今後なるべく避けるべきもの」と明確に分類できる。
ここで注意が必要なのは,「経験」と「能力」は別物であるという点だ。経験とは単に「やったこと」を指すが,能力とは「結果を出すために必要な力」を指す。キャリア形成において本質的に重要なのは能力でワークキャリアを語ることだが,能力そのものを直接言語化するのは難しい。そこで本書では,まず事実としての「経験」をベースに振り返り,その中にある再現性に注目して「能力」を抽出する手法が提案されている。特にゼネラリストの場合,職種の名称(ラベル)にとらわれない「ポータブルな能力」を言語化することで,キャリアの選択肢を大きく広げることが可能になる。
また,「Will」を言語化する上では,やりたいこと(Doing)以上に,ありたい姿(Being)を重視する。ありたい姿とは,自分が大切にしている価値観や生き方そのものであり,内面的な概念である。ここで混同してはならないのが,「なりたい姿」との違いだ。なりたい姿は特定の役職や社会的ステータスといった外的な成果や目標を指すが,これに固執しすぎると,思い通りにいかなかった際に自己否定に陥りやすい。対して「ありたい姿(Being)」は自律的な軸であるため,どのような環境下でも自分を保つ支えとなる。
ありたい姿を洗い出すために,以下のステップを踏むとよいとされている。
- 違和感やモヤモヤを覚えたときはいつか
- 夢中になれた瞬間はいつか
- 感情に火がついて,行動するスイッチが入ったと自覚した瞬間はいつか
- 自分が好きな自分でいられる時や,好きになれた瞬間はいつか
Willの言語化においては,これらの問いを自身に投げると同時に,周囲の人に自分の印象を聞いてみる「他己分析」も有効であるとされている。自分自身で洗い出した価値観と客観的な視点を組み合わせることで,日常と未来に向けた「ありたい姿」がより鮮明に描き出される。ただし,ありたい姿は現時点で完璧に言語化し切る必要はなく,キャリアを歩む中で徐々に形作られていく性質のものであるという点は,焦りを感じる人にとって救いとなるだろう。
また,働く場所を検討する際に重要な観点として,組織の「フェーズ」が挙げられている。具体的には,サービスやプロダクトの立ち上げを担う「創業期」,PMF(プロダクトマーケットフィット)を達成し急速な成長を遂げる「成長期」,組織規模が拡大する「拡大期」,そして市場での地位を確立した「安定期」の4つに大別される。それぞれのフェーズで求められる役割や価値は大きく異なるため,過去の経験から導き出された自身の強みや特性を照らし合わせ,最適な環境を選択することが肝要である。
筆者のライフステージ変化に関する記述では,結婚や妊娠に伴う葛藤が生々しく綴られていた。仕事に情熱を注ぐタイプであった筆者は,当初ライフとワークの双方を全力で両立させようとしたが,結果としてパートナーに過度な負荷を強いてしまい,一時的にワークキャリアの出力を抑える選択をしたという。しかしここで筆者は,「先を見越した過度なキャリアブレーキ」には警鐘を鳴らしている。必要に迫られる前からアクセルを緩めてしまうと,予期せぬタイミングで舞い込むチャンスを逃すなど,多くの機会損失を生んでしまうからである。筆者自身も,お子さんが小学校に上がる前後のタイミングで再びアクセルを踏み込んだと述べられている。
さらに,女性のキャリアを阻む壁として「こうあるべき呪縛」と「残像問題」が挙げられている。前者は,周囲との対話を経て万全の体制で復職したとしても,社会や自分自身の中に無意識に植え付けられた「理想の姿」に苦しめられてしまう現象を指す。外部からの期待だけでなく,自分自身が作り出した「こうあるべき」という固定観念が,時に最大の障壁となり得るのである。
- 子供が小さいうちは母親がそばにいるべき
- 母親が家事や育児をメインで行うべき
- 子どもが体調不良のときは母親が迎えにいくべき
- 母親は夜に外出や仕事の予定を入れるべきではない
- 子どもより仕事を優先するのは自己中心的ではないか
一方,「残像問題」とは,産休・育休前に制限なく働けていた自分や,マネージャーなどの重要な役割を果たしていた頃の自分に引きずられてしまう現象を指している。これは周囲からの視線だけでなく,自分自身の中に残り続ける「かつての自分の残像」に,現在の自分が苦しめられることも少なくないという。
「こうあるべき呪縛」は社会構造に根ざした課題でもあるため,完全に解消することは容易ではない。しかし,「残像問題」についてはいくつかの具体的な打ち手が提示されている。最も分かりやすい解決策は,転職等によって職場を変え,周囲の印象をリセットすることである。また,パートナーの言葉や行動もこの問題を解消する大きな鍵となる。家族を一つの「チーム」として捉え,個々のキャリアを家族全体のキャリアとして捉え直す考え方が,解決の糸口として解説されている。
- シングルキャリア:夫婦の一方がワークキャリア,もう一方がライフキャリアに注力する
- リードキャリア:夫婦の一方が主な収入源,もう一方がパートやフリーランスなど柔軟に働く
- 交替型キャリア:夫婦が互いにワークキャリアの優先順位を交替しながらサポートし合う
- 並行型キャリア:夫婦が互いにワークキャリアを重視する(=パワーカップル)
- 補完型キャリア:夫婦が異なる時間帯やワークキャリアフェーズで働きバランスをとる
以上をまとめた引用文で本稿を締めくくる。
重要なのは,ライフイベントを見据えて早めにブレーキを踏むのではなく,必要なタイミングまでキャリアの成長を追求することです。また,時短勤務という選択は,一時的な対応としては有効ですが,長期化によってキャリアの機会損失につながる可能性があることも理解しておく必要があります。
「こうあるべき」という呪縛や,育休前の自分の姿に引きずられる「残像問題」は,多くの人が直面する課題です。これらを乗り越えるためには,「家族はチーム」という考え方を持ち,パートナーと共にファミリーキャリアを設計していくことが大切です。
完璧なワークライフバランスを目指すのではなく,その時々の状況に応じて柔軟に対応していく。そして,子どもの成長に合わせて再びキャリアアクセルを踏むタイミングを見極めていく。このような柔軟な姿勢が,ライフステージの変化を乗り越える鍵となります。
『「何者でもない自分」から抜け出すキャリア戦略』p.170より引用


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