はじめに
管理人は社会人としてハード的なスキルを身につける自己研鑽はある程度完了したため,ソフト的なスタンスや思想哲学の裾野を広げたいと考えて「名著100本ノック」を開始しました。本書籍もその一環で読んだものになります。読書記録は下記のページでまとめています。
基本情報
| タイトル | 心理学的経営 |
|---|---|
| 著者 | 大沢武志 |
| 出版社 | PHP研究所 |
| 発売日 | 1993年10月15日 |
| ページ数 | 220ページ |
概要と感想
大沢氏はリクルート創業者の江副氏と共に東京大学教育学部で心理学を学び,日本企業の経営に学問的な心理学を持ち込んだ第一人者であると言える。本書籍は大沢氏により「企業経営の中心に人間軸をおいた経営観」が記されたバイブルであり,今でも多くの経営者によって読み継がれている。
人間と経営の関わりは従来,厳格な指揮命令に従って動く「労働者」として形成されていた。しかし,合理性のみを追い求めることにより個性が失われ,人間をあるがままに捉えられなくなってしまうという。X-Y理論によれば,人間は生来怠け者である(X理論)一方で,自ら挑戦し責任をとることも辞さない(Y理論)側面もある。他にも,人間はホンネとタテマエや表のマネジメントと裏のマネジメントなど矛盾した二面性を持っているが,この性質を理解するところに心理学的経営の本質がある。
合理性のみを追求せずに感情も尊重する必要がある理由は,人間のモチベーションが感情にも左右されるからである。経営においては,人間がモチベーション高く価値貢献することが大切であり,感情を大切にするということは個性を尊重することに他ならない。個性の尊重においては「自己理解の促進」「職務上への個性の活用」「組織による個性の受容」が重要であるという。
個性の発揮には「小集団」という概念が重要である。これは筆者の理解になるが,小集団とはトップから下された命令に従って動く集団ではなく,メンバー自身により集団規範が形成され,自律的に組織される集合体のことを指している。ホーソン効果の初期研究では「特別扱いした集団」はメンバーのモチベーションが高まりパフォーマンスが向上することが示唆されたが,このスキームでは特別扱いされなかったメンバーの個性を発揮させることができなくなるため,全員が当事者となるような経営手法の方が好ましい。そのような自律的小集団を形成するために,グループプロセスにより自分自身の新しい気づきを発見したり深い悩みを表明したりするためのきっかけが与えられる。これにより人々は仮面やみせかけに隠れている自分や他者の姿に気付き,そうした状態から抜け出そうともがきはじめる。
安定して環境に順応することは変化しないということであり,組織が滅びていくことを意味する。組織は日々絶えず変化し続ける必要があり,本書籍ではその変化のメカニズムが解説されている。変化を起こすためには,組織の内部にあえて不均衡を創出し,既存の秩序を自己否定する視点が必要になる。積極的なアンラーニングにより過去の常識を新しい常識にアップデートし続けなければならない。このように組織内部にカオスを作り出す方法として,「採用・人事異動・教育・小集団活動・イベント」が有用であるとしている。
大沢氏は今でも利用されている採用適性検査であるSPIを理論立てて作り出したことでも有名であるが,本書ではテストの使い方には注意が必要だと述べられている。筆者の理解だが,テストにより得られるデータはあくまで個人の傾向であり,そのデータにもとづき個人を説明・評価することはできないとしている。日本企業では,米国式の職能別採用ではなく「人」を採用する総合型採用であるため,採用基準をデジタルに評価することは難しい。ただし,人間のタイプが偏らないように採用するための指針にはなり得るため,例えばSPIにより判明するタイプ別の採用が行われた事例も存在する。
今ではキャッチーなキャラクターでお馴染みとなったMBTI診断についても,本書籍では理論的に説明されている。まず,人間の行動は「知覚・判断」に大別され,知覚は「感覚・直観」に,判断は「思考・感情」に大別される。そして,行動として「外向き・内向き」の傾向がある。ここで注意すべきなのは,人間はいずれかのカテゴリーだけを使っているのではなく,「どちらが得意か」によって自然と得意な方の機能を使っているだけという見方である。自分の名前を利き手と反対の手で書いたとき,多くの人は利き手の方が上手く書けるが,この関係性と同じことを言っている。
また,大沢氏はMBTIの支配的機能と補助機能についても言及している。「感覚・直観」「思考・感情」それぞれの中で得意な機能が支配的機能,そうでない機能が補助機能である。支配的機能で捉えられる傾向の裏には補助機能があることを忘れてはならない。実際,問題解決のスタイルは「感覚→直観→思考→感情」という順番でなされることが知られており,つまり支配的機能と補助機能の両方を使わなければ問題解決はできないことが示唆される。人間は無意識に得意な機能だけで問題解決しているように見えるが,実は得意でない機能は時間をかけずに飛ばしているのである。正反対の機能を得意とするタイプをシャドウタイプと呼び,シャドウタイプとグループワークを行うことは,自分の中に眠っているもう一人の自分を呼び起こすのに効果的である。
本書では複数の先行研究を引用しながら,モチベーションマネジメントやリーダーシップについても詳しく論じられている。筆者目線では,いずれの理論も「人間をどの軸で切り取ってどのように表現するのか」が違うだけであり,本質的には人間を構造的・定量的に捉える試みであるように見えた。そのような意味では,これらの論を把握し,目の前のメンバーや上司に適用を試みることが,人間を多角的に捉える訓練となり,心理学的経営の素養を獲得することに繋がるのではないかと感じた。
最後に,本書の中で筆者が激しく刺さった部分を引用する。
自己を無にしてひた走ってきた企業戦士が定年が現実味を帯びてくる頃,これまで眠っていたもう一人の自分に目覚めてそれまでの人生のバランスが崩れていくという危機である。もう一人の自分に出会う。しかもそれが紛れも無い真実の自己の姿で迫ってくるとしたら,それはもう事件である。これが個性化という名の自己実現だとしたら,一体,幸せなのか不幸なのか,もちろん一概に言えるものではないだろう。
「心理学的経営」p.207より引用
生きるためにとにかく無我夢中で働き,実業家として成功をおさめ,一定の富と社会的地位を得て人生の折り返し点を過ぎた頃,「自分の人生は一体何だったのか」と自問し,ある日突然何かに取り憑かれたように別の人生を歩み出すという「事件」
「心理学的経営」p.214より引用


コメント