本記事では,数学検定1級で頻出のトピックについてまとめていきます。
初学者の分かりやすさを優先するため,多少正確でない表現が混在することがあります。もし致命的な間違いがあればご指摘いただけると助かります。
不動点と不動直線
行列$A$により定められる線形変換$f$に対し,$f$によって動かない点を不動点,$f$によって自分自身にうつされる直線を不動直線という。$A$の固有値を$\lambda,\mu$とおき,固有値$\lambda$に対する固有ベクトルと平行で原点を通る直線を$l_{\lambda}$と書くことにすると,不動点と不動直線は次のように分類できる。
$\lambda=\mu$のとき
$\lambda=\mu$ | $A$ | 不動点 | 不動直線 |
---|---|---|---|
$0$ | - | 原点のみ | 存在しない |
$1$ | $E$ | すべての点 | すべての直線 |
$E$以外 | $l_{1}$上の点 | $l_{1}$に平行なすべての直線 | |
$1$以外 | $\lambda E$ | 原点のみ | 原点を通るすべての直線 |
$\lambda E$以外 | 原点のみ | $l_{\lambda}{=}l_{\mu}$ |
$\lambda\neq\mu$のとき
$\lambda$ | $\mu$ | 不動点 | 不動直線 |
---|---|---|---|
$0$ | $1$ | $l_{1}$上の点 | $l_{1}$ |
$0$ | $0,1$以外 | 原点のみ | $l_{\mu}$ |
$1$ | $0$ | $l_{1}$上の点 | $l_{1}$ |
$1$ | $0,1$以外 | $l_{1}$上の点 | $l_{1}$,$l_{\mu}$に平行なすべての直線 |
$0,1$以外 | $0$ | 原点のみ | $l_{\lambda}$ |
$0,1$以外 | $1$ | $l_{1}$上の点 | $l_{1}$,$l_{\lambda}$に平行なすべての直線 |
$0,1$以外 | $0,1$以外 | 原点のみ | $l_{\lambda}$,$l_{\mu}$ |
固有値・固有ベクトルと非常に親和性の高いトピックです。「原点を通る直線」と「すべての直線」の違いが一番の肝です。
不動点と不動直線の性質
上の分類を証明する前に,不動点と不動直線に関するいくつかの性質を示しておきます。
A. 原点以外の不動点
$f$が原点以外の不動点をもつための必要十分条件は,$A$が固有値$1$をもつことである。
不動点の位置ベクトルを$\vp$とおくと,不動点の定義より
A\vp &= \vp
\end{align}
が成り立ちます。これは$\vp$が$A$の固有値$1$に対する固有ベクトルであることを示しています。逆に,$A$が固有値$1$をもつとき,固有ベクトル上のすべての点が不動点となります。したがって,題意は示されました。
B. 不動直線の定式化
直線$l$を次のようにおく。
l &= \{\vx=\vp_{0}+t\vv\mid t\in\mR,t\neq 0\}
\end{align}
$f$の不動直線であるとは次の$3$つを満たすことをいう。
- $A\vv=\lambda\vv$(方向ベクトルが変わらない)
- $A\vv=\vzero$(直線が$1$点に潰されない)
- $A\vp_{0}=\vp_{0}+s\vv$(起点が元の直線上に移動する)
ただし,$\lambda,s$は$0$以外の実数とする。
これは不動直線の定義ともいえます。上の$3$点が満たされるならば,
A(\vp_{0}+t\vv)
&= A\vp_{0}+tA\vv
= (\vp_{0}+s\vv) + t\lambda\vv
= \vp_{0}+t^{\prime}\vv
\end{align}
となるため,変換後の直線は$l$と一致します。
C. 原点を通る不動直線と固有値
原点を通る不動直線は$0$でない固有値に対する固有ベクトルに平行な直線だけである。
不動直線の定式化における1.より不動直線は固有ベクトルと平行になるため,題意は示されます。
分類の証明
まず,不動点については
- 原点は必ず不動点である
- 性質Aの証明の過程より原点以外の不動点は$l_{1}$上すべての点となる
ことから冒頭の表のように埋めることができます。次に,$\lambda=\mu=0$の場合はすべての点が原点に移されることから不動直線が存在しないことは明らかであるため,以下では$\lambda=\mu\neq 0$の場合を考えます。不動直線の定式化と同様に,不動直線は次のようにおきます。
l &= \{\vx=\vp_{0}+t\vv\mid t\in\mR,t\neq 0\}
\end{align}
$\vp,\vv$を位置ベクトルとする点をそれぞれ$\P,\V$とおき,$f$によりそれぞれ$\P^{\prime},\V^{\prime}$に移されるとします。
$\lambda=\mu$のとき
ここでは,不動直線$l$が原点を通らない場合と通る場合に分けて考えます。
不動直線$l$が原点を通らない場合
固有値$\lambda$は$f$の固有方程式
x^{2}-(a+d)x+(ad-bc) &= 0
\end{align}
の重解であるから,解と係数の関係より$ad-bc=\lambda^{2}$となります。一方,行列式は図形の倍率を表すことから
\triangle \O\V^{\prime}\P^{\prime} &= |\det A|\cdot\triangle \O\V\P = \lambda^{2}\cdot\triangle \O\V\P
\end{align}
となります。ここで,$\triangle \O\V\P$と$\triangle \O\V^{\prime}\P^{\prime}$を比べると,$l_{\lambda}$と不動直線$l$は平行であることから$2$つの三角形の高さは共通で,底辺は固有ベクトルの定義より$\lambda$倍になるため,
\triangle \O\V^{\prime}\P^{\prime} &= \lambda\cdot\triangle \O\V\P
\end{align}
となります。これらより$\lambda^{2}=\lambda$が得られるため,$\lambda\neq 0$に注意すると$\lambda=1$となります。すなわち,不動直線$l$が原点を通らない場合は必ず固有値$1$をもつということが分かりました。
ここで,$\lambda=\mu$の場合は$A$が恒等変換になり得ることに注目します。固有値$1$をもつ恒等変換は$E$ですので,$A$が恒等変換の場合は$A{=}E$となります。この場合は明らかに平面上すべての直線が不動直線となります。$A$が恒等変換でない場合は,$\det A{=}\lambda^{2}{=}1$より三角形の面積は変換前後で同じであること,および$\triangle \O\V\P$と$\triangle \O\V^{\prime}\P^{\prime}$で底辺が$\O\V$で共通であることから,不動直線$l$は固有値$1$に対する固有ベクトルに平行になります。
不動直線$l$が原点を通る場合
ここでも$\lambda=\mu$の場合は$A$が恒等変換になり得ることに注目します。固有値$\lambda$をもつ恒等変換は$\lambda E$ですので,$A$が恒等変換の場合は$A{=}\lambda E$となります。この場合は明らかに原点を通るすべての直線が不動直線となります。$A$が恒等変換でない場合は,$f$が$l_{\lambda}{=}l_{\mu}$の方向に$\lambda{=}\mu$倍する変換であることに注意すると,不動直線は$l_{\lambda}{=}l_{\mu}$になります。
$\lambda\neq\mu$のとき
上と同様に不動直線$l$が原点を通らない場合と通る場合に分けて考えます。
不動直線$l$が原点を通らない場合
性質Bより不動直線$l$の方向ベクトルは固有ベクトルと平行になりますので,不動直線$l$は$l_{\lambda}$と平行,もしくは$l_{\mu}$と平行になります。まずは$l_{\lambda}$と平行である場合を考えます。異なる固有値に属する固有ベクトルは一次独立であることから,$l_{\mu}$と$l$の交点は必ず存在し,この交点を$T$とおきます。$l_{\mu}$と$l$はいずれも不動直線であることから,$T$は不動点となります。したがって,性質Aより$\mu=1$となります。このとき,$\vv_{\lambda}$と$\vv_{\mu}$の線形結合で平面上の任意の点は表すことができ,一次変換$f$は$l_{\lambda}$方向に$\lambda$倍,$l_{\mu}$方向に$1$倍する変換であることに注意すると,$l_{\lambda}$に平行な任意の直線は不動直線となります。
このロジックが難しい場合,「$f$は$l_{\lambda}$方向に$\lambda$倍拡大,$l_{\mu}$方向はそのままにする倍率で座標を引き伸ばす」というイメージをもつとよいでしょう。私たちがよく見るメルカトル図法のように,地図を引き伸ばすような感覚です。$l_{\mu}$方向はそのままで$l_{\lambda}$方向に$\lambda$倍引き伸ばしても変わらない直線というのは,$l_{\lambda}$に平行な直線だけでしょう。
同様に,不動直線が$l_{\mu}$と平行である場合は$\lambda=1$となり,$l_{\mu}$に平行な任意の直線は不動直線となります。$\lambda,\mu$のいずれかが$0$の場合は不動直線は存在しません。これにより,表のうち以下が埋まります。
$\lambda$ | $\mu$ | 不動直線 |
---|---|---|
$0$ | $1$ | - |
$0$ | $0,1$以外 | - |
$1$ | $0$ | - |
$1$ | $0,1$以外 | 固有値$\mu$の固有ベクトルに平行なすべての直線 |
$0,1$以外 | $0$ | - |
$0,1$以外 | $1$ | 固有値$\lambda$の固有ベクトルに平行な全ての直線 |
$0,1$以外 | $0,1$以外 | - |
「固有値が$1$でない方の固有値に対する固有ベクトルに平行なすべての直線」と捉えましょう。
不動直線$l$が原点を通る場合
性質Cより,原点を通る不動直線は$0$でない固有値に対する固有ベクトルに平行な直線だけになります。表のうち以下が埋まり,不動直線$l$が原点を通らない場合と併せると冒頭の表が得られます。
$\lambda$ | $\mu$ | 不動直線 |
---|---|---|
$0$ | $1$ | 固有値$1$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
$0$ | $0,1$以外 | 固有値$\mu$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
$1$ | $0$ | 固有値$1$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
$1$ | $0,1$以外 | 固有値$1$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 固有値$\mu$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
$0,1$以外 | $0$ | 固有値$\lambda$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
$0,1$以外 | $1$ | 固有値$\lambda$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 固有値$1$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
$0,1$以外 | $0,1$以外 | 固有値$\lambda$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 固有値$\mu$の固有ベクトルに平行で原点を通る直線 |
例題
次の行列
A &=
\begin{pmatrix}
4 & -3\\
2 & -1
\end{pmatrix}
\end{align}
の定める線形変換$f$について,不動点と不動直線を求めよ。
行列$A$の固有値は$1,2$で,それぞれの固有ベクトルは$(1,1)$および$(3,2)$となります。したがって,不動点は$y=x$上のすべての点で,不動直線は$y=x$および$\displaystyle y=\frac{2}{3}x+b$となります。ただし,$b$は任意の実数を表します。
補足
以下の証明は間違いです。理由は後述しますが,一読してみてください。
不適切な説明
「線形変換の不動直線は必ず原点を通過する」ことを証明します。まず不動直線の候補としては固有ベクトルと平行な直線以外あり得ません。仮に固有ベクトルと平行な直線以外に不動直線が存在する場合,その不動直線の方向ベクトルが固有ベクトルとなり矛盾するからです。これより,原点を通らない不動直線の候補は,固有ベクトル$\vv$と固有ベクトルに垂直な定数ベクトル$\va$を用いて
l &= \{\vx=\va+t\vv\mid t\in\mR\}
\end{align}
と表されます。$\vv$の固有値を$\lambda$とおくと,この$l$に対して線形変換を施して
A\vx
&= A(\va+t\vv)
= A\va + tA\vv
= A\va + t\lambda\vv
\end{align}
が得られます。ここで,$l$が不動直線であるためには$A\va$が$\va$と同じ方向である必要がありますが,これは不動直線が固有ベクトルに平行な直線しかあり得ないことに矛盾します。したがって,線形変換の不動直線は必ず原点を通過します。
まず,不動直線の方向ベクトルは線形変換の固有ベクトルでなければならないことを示します。直線 $l$を次のように表します。
l &= \{ \vx = \va + t\vv \mid t \in \mR \}
\end{align}
ここで $\vv \ne \mathbf{0}$は直線の方向ベクトル,$\va$は基点です。$l$が不動直線であるとは,任意の $t$に対して $A(\va + t\vv)$が再び $l$上にあることを意味します。線形性により,
A(\va + t\vv) &= A\va + tA\vv
\end{align}
が成り立ちます。これが $l$上にあるためには,ある実数 $s$が存在して,
A\va + tA\vv &= \va + s\vv
\end{align}
が成り立たなければなりません。これが任意の $t$に対して成り立つためには,
A\vv &= \lambda \vv
\end{align}
となる必要があります。すなわち,$\vv$は固有ベクトルでなければなりません。しかし,たとえ $\vv$が固有ベクトルであっても,$l$が不動直線であるためには$A\va$が$\va$と同じ方向である必要がありますが,これは不動直線が固有ベクトルに平行な直線しかあり得ないことに矛盾します。したがって,線形変換の不動直線は必ず原点を通過します。
どこが数学的に不適切か理解できますでしょうか。実は,以下の点が不適切なのです。
- $\va$は$\vv$に垂直である必要はない
- $A\va$は$\va$と同じ方向になり得る
$\va$は$\vv$と一次独立でさえあれば$\va$と$\vv$を用いて平面上の任意の点を表せますので,$\va$は$\vv$に垂直である必要はありません。そうすると,$\va$は$\vv$の固有値とは異なる固有値に対応する固有ベクトル方向に取れば$\va$は不動直線となり得ます。したがって,「線形変換の不動直線は必ず原点を通過する」は偽です。
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