【読書記録】精神科医が教える聴く技術

目次

はじめに

私が読書を始めたキッカケや他に読んだ書籍については,以下のページにまとめています。

基本情報

タイトル精神科医が教える聴く技術
著者高橋 和巳
出版社筑摩書房
発売日2019年12月06日
ページ数224ページ

概要と感想

本書は,精神科医であり医学博士でもある高橋和巳氏により執筆された傾聴に関する解説書である。タイトルに「技術」と銘打たれているものの,その内容は表面的なテクニックに留まらず,「葛藤を聴く」に至るまでのプロセスを明確に描いたものとなっている。他の書籍とは異なり,「ベテランが静かに筆を執っている」ような貫禄を感じさせる文章であり,厳かでありつつも熟練者らしい穏やかさが漂う,非常に興味深い一冊であった。

本書の冒頭では,次のような記述がある。

実は,精神療法やカウンセリングは,…新しい言葉を見つけていく作業です。

『精神科医が教える聴く技術』p.12より引用

幼児がイヤイヤ期に「嫌だ,やらない」という言葉を覚えたり,思春期に「放っておいてよ」という表現を使ったりして自己主張するように,大人も新しい言葉を覚えることで自己主張ができるようになるという。この新しい言葉の発見と文法の書き換えは,生物に生来的に備わっている自己組織化機能のトリガーとなり,人間の生き方を変える力を持つ。この自己組織化の力を引き出すことこそが,「聴く」ことの究極的な目標であるといえる。


筆者は話し手を楽にさせる聴き方を「傾聴」と呼んでおり,傾聴を行うための3要件に以下を挙げている。

  1. 賛成して聴く
  2. 黙って聴く
  3. 世界を代表して聴く

「賛成して聴く」は,これまで読んだ傾聴の書籍ではアンチパターンとされることが多かった。すなわち,傾聴においては「判断軸」を持ち込んではいけないため,「賛成・反対」はあくまでも主観に基づく同感であり,傾聴には不要という考えである。しかしおそらく,本書において筆者は「賛成」を「ありのままを受容する」という意味合いで用いているはずだ。というのも,話を賛成して聴くためには,反対の気持ちも併せ持っていなければならないと説明されているからである。両方の気持ちを俯瞰した上で,あえて「賛成して聴く」必要があるのだ。また,後の章では「応援して聴いてはいけない」とも説明されている。

賛成して聴くためには,まず「黙って聴くこと」から習得する必要があると説かれている。この「黙って聴くこと」は非常に難しい。人はついつい話し手に口を挟んだり,質問したり,助言したりしたくなってしまうものだからだ。たとえ内容が相手を支持するものであっても,承認するものであっても,繰り返しや要約,明確化であっても,あるいは聞き取れない箇所への質問であっても,聴き手が途中で口を挟むことは禁じられているのである。

黙って聴く相手がいることで,話し手の知らない自分を知ることができる。

人が自由に自分を語れるようになると,心は自然により深いレベルへと降りていきます。日常生活ではあまり振り返ることのない「無意識」のレベルです。そこでは,自分では気がづかないいろいろなエピソードや言葉が互いにつながっています。それらが整理されて組織化されていき,最後には意識に上ってきて解決を準備するのです。これが,脳の自己組織化が起こるということです。傾聴がそれを促します。

自分が知らない自分を語ることは,一人ではできません。語るために相手が必要です。それも,口を挟まずに黙って聴いてくれる相手です。

『精神科医が教える聴く技術』p.57より引用

新しい言葉の発見は,これまで囚われてきた「理性」からの解放といえるのかもしれない。社会の中では,感情よりも理性でコントロールすべきだと教えられて育つが,傾聴の場では理性よりも深いレベルにある感情を聴くことが優先される。その新たなルールの中で新しい言葉が見出され,自己組織化力がトリガーされるという関係性にあるのだろう。さらにいえば,新しく発見された言葉が,これまでの理性のあり方そのものを変容させるという作用もあるはずだ。


ここにきて筆者は,聴く技術を4つのステップに分けている。

  1. 黙って聴く:三つの方針と四つの禁止を守って聴く
  2. 賛成して聴く:悩みを分類しながら,内容に賛成して聴く
  3. 感情を聴く:感情の階層を意識しながら,それに同調して聴く
  4. 葛藤を聴く:解決できない矛盾を聴いて,自己組織化の力を引き出す

賛成して聴くためには、悩みを「人が怖い」「自分を責める」「人とうまくつき合えない」「死ぬのが怖い」という四つに分類したときに、話し手の悩みがどこに該当するのかを意識しながら聴くとよい。実際、あらゆる悩みはこれらのカテゴリに分類することができ、それぞれの感情や解決方法、深刻化した場合の病気や生じる問題を整理することが可能だ。聴き手はこれらを知っておくことで、幾分か気持ちが楽になるはずである。

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悩み理想解決方法深刻化したときの病気
1. 人が怖い人と仲良く一緒に生きる人を信じられるようになる反応性愛着障害/引きこもり
2. 自分を責める前向きな気持ちになる真面目すぎる生き方を緩めるうつ病/パニック障害
3. 人とうまくつき合えない第三者と良好な関係を保つ本音で甘えられるようになる夫婦の対立/子の不登校
4. 死ぬのが怖い生きることが幸せ生きる意味を考えるPTSD/喪の仕事

悩みの深さは3<2<1<4の順に深くなっていく。

賛成して聴いていると,心の奥に潜む言葉が話し手から発せられるようになる。聴き手は,その言葉の内容やまだはっきりと言葉になっていない感情を確認するための質問を行う。この感情は「きれいに」流れるように聴くこと,つまり「表現される言葉と感情に矛盾がなく」,「感情の前後関係に意味の整合性があって途切れていない」状態であることが望ましいとされている。

話し手と聴き手の感情は共通の「場」を作り,互いに影響し合っている。ゆえに,話し手の感情を聴くためには,まず自分の感情を自覚する必要がある。例えば,話し手が聴き手を自分の父親のように感じて頼り切ってしまう現象は「転移」と呼ばれ,逆に聴き手が話し手を自分の息子のように感じて過度に優しくしてしまう現象は「逆転移」と呼ばれる。逆転移は聴き手が自分の感情を自覚していないがために起こるものである。転移や逆転移が固定化してしまうと,傾聴のフェーズも停滞しやすくなる。

感情を聴くためには,感情自体の構造を把握することも重要である。筆者によれば,感情は次の6階層で構成されているという。悩みを分類することで「賛成して聴く」ことが容易になるのと同様に,感情を階層化することで,感情そのものを聴くことが楽になるのである。

  1. 不安と頑張り:相談は現実の不安の表現から始まり
  2. 抑うつ:頑張れない自分を責めて,人生を振り返り
  3. 怒り:そんな生き方をしてきた人生を振り返り
  4. 恐怖:自覚されない恐怖を見て
  5. 悲しみと諦め:悲しみの中で古い生き方を捨てると
  6. 喜び:人は喜びの中で新しく生き始める

感情を聴くことで,筆者は自然と「事件」が起きると説明している。なぜ事件が起きるのかについては明確な言及はなかったものの,「そういうものだ」という語り口であることから,そう納得せざるを得ない自分がいた。「事件」とは,私の理解では,これまで囚われてきた理性やわだかまりが解けるきっかけを指している。

この「事件」の前兆には「葛藤」があるという構造になっている。葛藤とは,生活や仕事のルールといった「生きる規範A」と,それに従えない「現実の感情B」とのぶつかり合いの中で,なんとかルールを貫こうとするときに生じる苦しみのことである。例えば,「朝眠い(現実の感情B)」けれど「ベッドから出る(生きる規範A)」というような葛藤だ。この葛藤は,多くの場合,折り合いをつけて一致していくものである。実際,眠くてもベッドから出て顔を洗っているとスッキリしてきて,「今日も一日頑張ろう」という気持ちになるといった具合である。

悩みの本質は,この葛藤が長時間継続することにある。先ほどの感情の階層に当てはめると,「不安と頑張り」から「抑うつ」までは「生きる規範A」が優勢であり,「怒り」のタイミングで「現実の感情B」が優勢となる。そして「悲しみと諦め」では,両者が対等な立場に向かっていくという構造だ。大抵の場合は,怒りを経ても「不安と頑張り」や「抑うつ」を繰り返すことが多いが,これらの高速な振動が収束することで,徐々に「自分の内には矛盾した二つの気持ちがあるのだな」と悩みの構造を客観視できるようになる。これが「悲しみと諦め」のフェーズである。ここで「まあいいか」と吹っ切れることで,「事件」がトリガーされるのである。

「事件」は自己組織化の力を引き出すトリガーだが,本書では事件を引き起こす存在を「トリックスター」と呼んでいる。例として「膝カックン」が挙げられていたが,「悲しみと諦め」のフェーズに至っていれば,このような些細なきっかけで葛藤が崩壊してしまうものなのだろう。

人は生きていく中で様々な理性を獲得し,それが感情の「蓋」となっている。じっくりと傾聴することでこの「蓋」を開き,抑圧されている感情を解き放つことができる。筆者によれば,これを自分自身に適用することで,極論ではあるが自分の悩みは全て消えていくという。そのような境地に至ってみたいものである。

参考文献

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