第1章 はじめに
線形微分方程式は「必殺奥義」で瞬殺せよ
学部レベルの微分方程式にはいくつかの種類がありますが,その中でも線形微分方程式は超頻出のトピックです。一般には微分方程式は解くことができないものがほとんどであり,大学の定期試験や数学検定ではその中でも解くことができる非常に稀なケースが出題されます。解くことができる微分方程式では「解はこのような形をしているだろう」と仮定し,その解が微分方程式を満たすためにはどのような条件を満たすべきかを考えます。このような場合には,仮定した解を与えられた微分方程式に代入し,恒等式として捉えることで左辺と右辺の係数を比較して解を得ます。
微分方程式が$3$階や$4$階といった高階の微分を含む複雑な形をしていると,「代入して係数比較を行う」計算が非常に煩雑になることがあります。こうしたときに有効な手段が微分演算子法です。これを用いることにより,解を仮定する係数比較法と比べて計算の質とスピードが圧倒的に向上します。今まで苦労していた計算が馬鹿らしくなるほどに特殊解の導出が簡単になる,いわば「必殺奥義」とでも呼ぶべき手法です。定期試験や数学検定など,一定の時間内に問題を解き切らなければならない状況において,微分演算子法の習得は極めて有効です。
本稿ではこの微分演算子法の魔力を,読者の皆さまに存分に体感していただきます。微分演算子法は多くの教科書や大学の講義では最後のオマケ程度に紹介されることが多く,その扱いは決して丁重なものとは言えません。筆者が考えるその理由は2つあります。第一に,微分演算子法が線形微分方程式という限られた範囲にのみ適用可能な手法であること。第二に,一度微分演算子法を覚えてしまえば線形微分方程式をパズルのように機械的に解けてしまうため,教育的な観点から深い理解を促すには適していないと判断されることです。微分演算子法は強力なテクニックであり,あまりにも便利すぎるがゆえに,理解の深さよりも手軽さが先行してしまう側面があります。だからこそ,大学の講義では最後に少しだけ紹介されるか,あるいはまったく触れられないまま終わることも珍しくありません。
本稿は,このような微分演算子法の軽んじられがちな扱いに対して一石を投じることを目的としています。その上で,線形微分方程式に対する本質的な理解も目指します。「どんな形の線形微分方程式も最速で解けるようになること」を最重要の目標とし,その上で「なぜこの解法を使えばよいのかを理解すること」も目指します。本稿のターゲットとなるのは,定期試験対策を進めている大学生,あるいは数検1級などの資格試験を目指している方々になります。
必殺奥義とは微分演算子法のことを指す。多くの教科書や大学の講義では微分演算子法の扱いが軽んじられているが,「どんな形の線形微分方程式も最速で解けるようになること」「なぜこの解法を使えばよいのかを理解すること」を目指す上では強力なツールである。
第2章 必殺奥義の魔力
「必殺奥義」の魔力を体感せよ
微分演算子法がどれほど「必殺奥義」と呼ぶにふさわしい魔力を持っているかをご覧いただきたいと思います。語弊を恐れずに言えば,微分演算子法を用いることで,これまで煩わしかった係数比較の計算を完全に省略することが可能になります。
ごく単純な例で説明してみましょう。次の線形微分方程式の特殊解$Y$を求めます。
y^{\prime\prime}+y^{\prime}+y &= e^{2x}
\end{align}
定番の未定係数法という手法では,まず$Y{=}Ae^{2x}$と仮定して$Y^{\prime}$および$Y^{\prime\prime}$を計算し,それらをもとの微分方程式に代入して以下を得ます。
4Ae^{2x}+2Ae^{2x}+Ae^{2x}
= e^{2x}
\end{align}
両辺の係数を比較することで$A{=}1/7$が導かれ,最終的に$Y{=}e^{2x}/7$という特殊解が求められます。他にも定数変化法という手法を用いて解くこともできますが,この手法ではロンスキアンという行列式を計算する必要があるうえ,積分計算も必要になるという地獄が待ち受けています。未定係数法であれ定数変化法であれ,簡単な例であればそこまで大きな負担にはなりません。
一方,微分演算子法を用いれば次のように特殊解$Y$を一瞬で求められます。
Y &= \frac{e^{2x}}{2^{2} + 2 + 1} = \frac{e^{2x}}{7}
\end{align}
他にも,例えば次のような微分方程式ではどうでしょうか。
y^{\prime\prime}-2y^{\prime}+2y &= e^{x}x\sin x
\end{align}
係数比較を用いる従来の手法では,
Y &= e^{x}\{(Ax+B)\cos x+(Dx+E)\sin x\}
\end{align}
と仮定し,$Y^{\prime}$と$Y^{\prime\prime}$を求めた上で代入・整理・係数比較を行う必要があり,非常に煩雑な計算になります。これだけでかなりの手間と時間がかかることは明らかです。定数変化法など言語道断で,計算地獄に陥ること間違いなしです。一方で,本稿で紹介する「必殺奥義」の微分演算子法を使えば下記のように数行で特殊解を求めることができます。
y
&= \frac{1}{D^{2}-2D+2}[e^{x}x\sin x]\\[0.7em]
&= \Im\left[\frac{1}{D^{2}+1}[e^{ix}x]\right]e^{x}\\[0.7em]
&= \Im\left[e^{ix}\frac{1}{D^{2}+2iD}[x]\right]e^{x}\\[0.7em]
&= \Im\left[(\cos x+i\sin x)\left(-\frac{1}{4}x^{2}+\frac{x}{4}\right)\right]e^{x}\\[0.7em]
&= \left(-\frac{x^{2}}{4}\cos x+\frac{x}{4}\sin x\right)e^{x}
\end{align}
微分方程式に$3$階や$4$階といった高階微分が含まれている場合には,その複雑さは一層深刻になります。たとえば,次のような例を考えてみます。
y^{(4)}+2y^{(2)}+y = x\cos x
\end{align}
このような高階微分方程式では,係数比較を用いる手法では計算地獄に陥る可能性が高いです。微分演算子法を使えば,これらの複雑な微分方程式に対しても構造化されたパターンに従ってごく短い手順で特殊解を導くことが可能です。以下では,この「必殺奥義」である微分演算子法の成り立ちと使い方について,順を追って解説していきます。
微分演算子法が微分方程式の解法においてどれほど強力な「必殺奥義」であるかを,具体的な例を通じて紹介した。従来の係数比較による手法では多くの計算を必要とし,特に高階の微分方程式や右辺が複雑な関数で構成されている場合には煩雑な計算が必要になる。しかし,微分演算子法を用いることで,こうした複雑な微分方程式に対してもごく短い手順で特殊解を導き出すことが可能になる。
第3章 線形微分方程式の概要
本稿で対象とする微分方程式を把握せよ
本稿では,次の形をした微分方程式を扱います。
下記の形をした微分方程式を定数係数線形微分方程式という。
L(y)
&= y^{(n)} + a_{1}y^{(n-1)} + \cdots + a_{n-1}y^{\prime} + a_{n}y
= R(x) \label{非同次}
\end{align}
ここで,$a_{1},\cdots,a_{n}$は定数とし,このような形の微分方程式を定数係数線形微分方程式という。右辺の関数$R(x)$が$0$である場合には同次系,$0$でない場合には非同次形という。以下では冗長な表現を避けるため,定数係数線形微分方程式を単に線形微分方程式と書くことにする。
線形微分方程式$L(Y){=}R(x)$の非同次系の特殊解を$Y$とおくと,
L(Y) &= R(x)
\end{align}
が成り立ちます。同様に,同次系の一般解を$y_{c}$とおくと,
L(y_{c}) &= 0
\end{align}
が成立します。以上を併せると,$L$の線形性より
L(Y+y_{c}) &= L(y) + L(y_{c}) = R(x) + 0 = R(x)
\end{align}
が得られます。したがって,線形微分方程式$L(Y){=}R(x)$の一般解$y$は
y &= y_{c} + Y
\end{align}
と表されます。したがって,非同次形の一般解$y$は,同次形の一般解$y_{c}$と非同次形の特殊解$Y$の和として求められます。同次形の一般解$y_{c}$は後述する特性方程式を解くことで求められます。一方,非同次形の特殊解$Y$を求めるのは一般に困難です。そこで本稿では,非同次形の特殊解$Y$を効率的に求めるための「必殺奥義」を紹介します。
本稿では線形微分方程式を扱う。この方程式の解は同次形の一般解$y_{c}$と非同次形の特殊解$Y$の和で与えられる。同次形の一般解$y_{c}$は特性方程式を解くことで得られるが,非同次形の特殊解$Y$を求めるのは難しいため,本稿では$Y$を効率よく求めるための「必殺奥義」を紹介する。
第4章 基本パターン
$R(x)$が基本パターンの場合の解法をマスターせよ
「必殺奥義」を使いこなすためには,いくつかの準備が必要です。
- 微分演算子の導入
- 指数関数に対する逆演算子による解法
- 三角関数に対する複素拡張による解法
- 多項式関数に対する割り算解法
- 指数関数を用いた移動則
これらを1つずつ確認していきましょう。
微分演算子の導入
関数$y$に対して別の関数$Dy$を対応させる規則$T$があるとき,$T$を演算子といいます。特に,関数$y$の微分を表す記号$\displaystyle \frac{d}{dx}y$を用いて,新たな演算子を
D &\triangleq \frac{d}{dx}
\end{align}
と定義すると,演算子$D$は「関数$y$に対して関数$Dy$を対応させる」規則となり,これを微分演算子といいます。ここで,記号$\triangleq$は「定義」を意味します。
定数$a,b$に対し,微分演算の線形性より
f(D)(ay+bz) &= af(D)y+bf(D)z
\end{align}
が成り立ちます。この性質により,微分演算子同士を通常の代数記号と同じように扱うことができます。例えば,2つの微分演算子$D_{1},D_{2}$に対して
f(D_{1},D_{2}) &= D_{1}+D_{2}
\end{align}
とおけば,
(D_{1}+D_{2})y &= D_{1}y+D_{2}y
\end{align}
のように,$D$を$x$や$y$など通常の代数的な記号と同様に扱えることが分かります。さらに,$y$の$n$階微分を
D^{n} &\triangleq \frac{d^{n}}{dx^{n}}
\end{align}
と定義すれば,先に示した線形微分方程式($\ref{非同次}$)は,次のように演算子$D$を用いて書くことができます。
(D^{n} + a_{1}D^{(n-1)} + \cdots + a_{n-1}D + a_{n})y &= f(D)y = R(x)\label{非同次_D}
\end{align}
このように,演算子$D$を用いることで,線形微分方程式を代数的に操作できる形に変換することができ,解法の構造がより明確になります。
上で$D$は$x$や$y$など通常の代数的な記号と同様に扱えることを述べましたが,$D^{0}$は$1$と定義する必要があります。$D^{0}$は何も行わない演算子として「恒等演算子」といいます。
指数関数に対する解法
式($\ref{非同次_D}$)を変形すると,
y &= \frac{1}{f(D)}R(x)
\end{align}
と書けます。ゆえに,$1/f(D)$が表す演算を$R(x)$に適用できれば,$y$を直接的に求めることができます。この$\displaystyle \frac{1}{f(D)}$を逆演算子といいます。
$f(D){=}D$のときは$y{=}D^{-1}R(x)$となりますが,$D^{-1}$は微分の逆操作,すなわち積分を表します。
ここで,$R(x)$として典型的に現れる関数には以下の3種類があります。
- 指数関数(例:$e^{\alpha x}$)
- 三角関数(例:$\sin ax$, $\cos ax$)
- 多項式関数(例:$ax^{2}+by+c$)
多くの教科書ではこれらすべてに逆演算子を適用する方法を解説しますが,本稿では指数関数に限定して逆演算子法を扱います。理由は以下の通りです。
- 三角関数に対する演算子法は$\sin$と$\cos$で形式が異なり,暗記しにくい
- 三角関数はオイラーの公式により指数関数に変換できる
- 多項式関数に対しては後述する「割り算解法」がより有効
三角関数への複素拡張や多項式関数への割り算解法は別の節で詳しく説明します。
定期試験や数検1級で出題される線形微分方程式では,$f(D)$は因数分解できる形になっています
f(D) &= (D-\lambda_{1})(D-\lambda_{2})\cdots(D-\lambda_{n})
\end{align}
このとき,元の線形微分方程式の特殊解$Y$は以下のように求められます。
Y &= \frac{1}{D-\lambda_{n}}\left[\frac{1}{D-\lambda_{n-1}}\left\{\cdots \left(\frac{1}{D-\lambda_{1} }R(x)\right)\right\}\right]
\end{align}
すなわち,逆演算子$\displaystyle (D-\lambda_{i})^{-1}$を順番に$R(x)$に適用していけばよいのです。ゆえに,重解も考慮して
\frac{1}{(D-\alpha_{i})^{m}}[e^{\lambda x}]
\end{align}
が計算できれば$y$が求められることになります。…
三角関数に対する解法
多項式関数に対する割り算解法
指数関数を用いた移動則
第5章 応用パターン
①:指数関数×三角関数
②:指数関数×多項式関数
③:三角関数×多項式関数
④:指数関数×三角関数×多項式関数
⑤:重ね合わせの原理
第6章 同次系の一般解の求め方
実数解
虚数解
第7章 線形微分方程式の解法
第8章 おわりに
公式集
付録
三角関数に対する解法の効率について
同次解と非同次解の捉え方について
部分分数分解による解法について
参考文献
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